・・・ われわれは宗教家である日蓮が政治的関心を発せずにいられなかった動機が実感できる。街頭に立って大衆に呼びかけ、政治を批判し、当局に対決をいどみ、当時の精神文化指導階級を責め鞭った心事が身に近く共感されるのを覚える。 今日の日本の現状・・・ 倉田百三 「学生と先哲」
・・・んで感慨に堪えず、その短篇集を懐にいれて、故郷の野原の沼のほとりに出て、うなだれて徘徊し、その短篇集の中の全部の作品を、はじめから一つ一つ、反すうしてみて、何か天の啓示のように、本当に、何だか肉体的な実感みたいに、「大丈夫だ」という確信を得・・・ 太宰治 「『井伏鱒二選集』後記」
・・・顔から火が出るという言葉がありますけれど、実感であります。それに、着物ばかりか、兵古帯も、下駄も借りなければ、いけなかったのです。そうして、恋人を欺くのです。どんなに落ちぶれても、ロマンスの世界にはいると、彼のお洒落の本能が、むっくり頭を持・・・ 太宰治 「おしゃれ童子」
・・・会計をしてもらって、もし足りなかったら家へ電報を打たなければなるまい、ばかな事になったものだと、つくづく自分のだらし無さに呆れて、厭気がさしていた矢先に、霹靂の如くあなたが出現なさったので、それこそ、実感として「足もとから鳥が飛び立った」よ・・・ 太宰治 「風の便り」
・・・という種属の正体はどんなものなのか、また、それが、どんな具合いに悪いのか、どうも、色あざやかには実感せられなかったのである。問題外、関心無し、そんな気持に近かった。つまり、役人は威張る、それだけの事なのではなかろうかとさえ思っていた。しかし・・・ 太宰治 「家庭の幸福」
・・・私の実感を以て言うならば、およそ二十の長篇小説を書き上げるくらいの御苦労をおかけしたのである。そうして私は相変らずの、のほほん顔で、ただ世話に成りっ放し、身のまわりの些細の事さえ、自分で仕様とはしないのだ。 三十歳のお正月に、私は現在の・・・ 太宰治 「帰去来」
・・・この二つの場面のモンタージュによってわれわれは一つの全体としての家庭の雰囲気を実感させられるのである。 映画の光学的映像より成る一つ一つのショットに代わるものが、連句では実感的心像で構成された長句あるいは短句である。そうしてこれらの構成・・・ 寺田寅彦 「映画芸術」
・・・工場の場合にはすぐ前の労働のシーンとの関係上あまりに実感的であるのにバルコンのほうではそれがあまりに見なれぬ変わった光景であるために、あっけにとられて現実の感じがどこかへ飛んでしまい、いわばレビューでも見るような気になって見たせいかもしれな・・・ 寺田寅彦 「映画雑感(1[#「1」はローマ数字、1-13-21])」
・・・しかしそれよりも大切なことは、映画の写し出す視覚的影像の喚起する実感の強度が、文字の描き出す心像のそれに比較して著しく強いという事実がこの差別を決定する重要な因子になるのではないかと思われる。 忠犬の死を「読む」だけならば、美しい感傷を・・・ 寺田寅彦 「映画雑感(3[#「3」はローマ数字、1-13-23])」
・・・あるいは秋の自然界の美しい色彩が盲人が書いたとは思われないように実感的に述べてある。しかし著者はこのような光景は固より盲者にとっては何らの体験にも相応しないバーバリズムに過ぎないという事を論じ、それから推論して、ケラーが彫刻を撫で廻せばその・・・ 寺田寅彦 「鸚鵡のイズム」
出典:青空文庫