・・・しかしこの概念的記述的なるものの連続の中には詩もなければ音楽もなく、何一つ生活の内面に立ち入ったリアルな生きた実相をつかまえてわれわれに教えてくれるものはないようである。つまり現代の映画の標準から見ればあまりに内容に乏しい恨みがあるのである・・・ 寺田寅彦 「映画雑感(1[#「1」はローマ数字、1-13-21])」
・・・ しかしまた、現在映画の世界にのみ存する事象が将来現世界に可能とならないという証拠もないとすると、現在の映画の夢は将来の現実の実相を導き出す先駆となり前兆とならないとも限らない。ここに重大な問題の骨子があるような気がするのである。これは・・・ 寺田寅彦 「映画雑感(3[#「3」はローマ数字、1-13-23])」
・・・というは、私を去った止水明鏡の心をもって物の実相本情に観入し、松のことは松に、竹のことは竹に聞いて、いわゆる格物致知の認識の大道から自然に誠意正心の門に入ることをすすめたものとも見られるのである。この点で風雅の精神は一面においてはまた自然科・・・ 寺田寅彦 「俳諧の本質的概論」
・・・とか「実相観入」とか「写生」とか「真実」とかいうようないろいろなモットーも皆一つのことのいろいろな面を言い現わす言葉のように思われて来るのである。 短歌もやはり日本人の短詩である以上その中には俳句におけるごとき自然と人間の有機的結合から・・・ 寺田寅彦 「俳句の精神」
・・・またここまで押してみれば女の真心が明かになるにはなるが、取返しのつかない残酷な結果に陥った後から回顧して見れば、やはり真実懸価のない実相は分らなくても好いから、女を片輪にさせずにおきたかったでありましょう。日本の現代開化の真相もこの話と同様・・・ 夏目漱石 「現代日本の開化」
・・・よって試に其大略を陳んに、摸写といえることは実相を仮りて虚相を写し出すということなり。前にも述し如く実相界にある諸現象には自然の意なきにあらねど、夫の偶然の形に蔽われて判然とは解らぬものなり。小説に摸写せし現象も勿論偶然のものには相違なけれ・・・ 二葉亭四迷 「小説総論」
・・・ 書いている事柄の客観的な実相をその作家がちゃんと理解していないとして、わからないままにもそれを云おうとする何かの意図があるなら、作家なのだからせめてはその人らしいものの云いよう、表現で書かれたらばと思われた。 これまで云いもしなか・・・ 宮本百合子 「今日の文学の諸相」
・・・ そして、恋愛の歌の如何にも尠いこと、親として子を思う歌に父親としての歌の増大していること、又子が親を憐んで詠んでいる歌の多いことも、現代の実相をつたえる傾向としてあげられている。 次ぎに目に着くことは、幼い児を持っている若い妻の死・・・ 宮本百合子 「今日の文学の展望」
・・・限られた枚数の中で、詳細にふれることは不可能であるが、前者において、われわれがそれをこそイタリーとはちがう日本の特殊な資本主義発達の歴史の性質を示すところの日本のファッシズムの実相であると理解している社会的政治的現象を、村松五郎氏は、「本質・・・ 宮本百合子 「新年号の『文学評論』その他」
・・・けれども亦、私の書き連ねた一面も、動かすことの出来ない実相です。私共が箇性的差異として、各自の国民性を持ちながらも、世界人として生活し始めた今日、世界各処に発生し、発達した種々な生活意識、様式を、悉く、人の価値、人の理想と云う眼界にまで敷衍・・・ 宮本百合子 「男女交際より家庭生活へ」
出典:青空文庫