・・・これだけは今後も実行しなければならぬ。猿股やズボン下や靴下にはいつも馬の毛がくっついているから。……「十二月×日 靴下の切れることは非常なものである。実は常子に知られぬように靴下代を工面するだけでも並みたいていの苦労ではない。……「・・・ 芥川竜之介 「馬の脚」
・・・彼れは場主と一喧嘩して笠井の仕遂せなかった小作料の軽減を実行させ、自分も農場にいつづき、小作者の感情をも柔らげて少しは自分を居心地よくしようと思ったのだ。彼れは汽車の中で自分のいい分を十分に考えようとした。しかし列車の中の沢山の人の顔はもう・・・ 有島武郎 「カインの末裔」
・・・それが、純粋自然主義にあってはたんに見、そして承認するだけの事を、その同棲者が無遠慮にも、行い、かつ主張せんとするようになって、そこにこの不思議なる夫婦は最初の、そして最終の夫婦喧嘩を始めたのである。実行と観照との問題がそれである。そうして・・・ 石川啄木 「時代閉塞の現状」
・・・、人にも家にも品位というものが乏しく、金の力を以て何人にも買い得らるる最も浅薄に最も下品なる娯楽に満足しつつあるにあるのであろう、今は種々な問題に対して、口の先筆の先の研究は盛に行われつつあるが、実行如何と顧ると殆ど空である、今日の上流・・・ 伊藤左千夫 「茶の湯の手帳」
・・・と、僕の胸に身を投げて来た吉弥をつき払い、僕はつッ立ちあがり、「おッ母さんにそう言ってもらおう、僕も男だから、おッ母さんに約束したことは、お前の方で筋道さえ踏んで来りゃア、必らず実行する。しかしお前の身の腐れはお前の魂から入れ変えなけりゃア・・・ 岩野泡鳴 「耽溺」
・・・マジメに実行するツモリであったかドウか知らぬが、この時分はこうした茶気満々な計画が殆んど実行され掛ったほどシャレた時代であった。 椿岳は普通の着物が嫌いであった。身幅の狭いのは職人だといってダブダブした着物ばかり着ていた。或時は無地物に・・・ 内田魯庵 「淡島椿岳」
・・・この世の中は悲嘆の世の中でなくして、歓喜の世の中であるという考えをわれわれの生涯に実行して、その生涯を世の中への贈物としてこの世を去るということであります。その遺物は誰にも遺すことのできる遺物ではないかと思う。もし今までのエライ人の事業をわ・・・ 内村鑑三 「後世への最大遺物」
・・・要は、適当なる社会政策の施されざるかぎり、学校か、町会などにて容易に実行されることでなければならぬ。 これについて、富豪の宏大なる邸宅、空地は、市内処々に散在する。彼等の中には、他に幾つも別荘を所有する者もあって、たゞ一つという訳でなく・・・ 小川未明 「児童の解放擁護」
・・・ だが、さて、どんな風に実行に移したものかという段になると、丹造にはからきし智慧もなく、あくまで相棒が要った。いいかえれば、再び古座谷某の智慧が必要だった……。 あきれた。いや、正直なところ、以前のことなぞ忘れた顔で、よくもぬけぬけ・・・ 織田作之助 「勧善懲悪」
・・・如何なる処分を受けても苦しくないと云う貴方の証書通り、私の方では直ぐにも実行しますから」 何一つ道具らしい道具の無い殺風景な室の中をじろ/\気味悪るく視廻しながら、三百は斯う呶鳴り続けた。彼は、「まあ/\、それでは十日の晩には屹度引払う・・・ 葛西善蔵 「子をつれて」
出典:青空文庫