・・・世の中に単に数というような間の抜けた実質のないものはかつて存在した試しがない。今でもありません。数と云うのは意識の内容に関係なく、ただその連続的関係を前後に左右にもっとも簡単に測る符牒で、こんな正体のない符牒を製造するにはよほど骨が折れたろ・・・ 夏目漱石 「文芸の哲学的基礎」
・・・日本のわたしたちは、憲法の抽象的な人権擁護の文句を、実質のあるものにしてゆこうと、計画的に努力していないでしょうか。「日本人ほど抽象的な議論の好きな国民はない」という言葉に筆者は同感されています。それは一部には当っております。たとえば、・・・ 宮本百合子 「新しい卒業生の皆さんへ」
・・・云々と、民族自立の問題・主権在民の問題も――即ちポツダム宣言と新憲法の実質を左からぐるりと右へひとまわりさせたものにしようとしている。『テラス』や『ロマンス』などのような雑誌が、この頃ルポルタージュと称して戦記ものを記載しているのは、偶・・・ 宮本百合子 「新しい抵抗について」
・・・校長先生の息子さんの経営で軍需インフレで繁栄している工場へ働いて、貰ったいくばくかの金を再び学校で、その阿母さんに払うのだとしたら、それらの可憐な女学生女工の二時間の労働というものの実質は、どこでどのように支払われたということになるのだろう・・・ 宮本百合子 「新しい婦人の職場と任務」
・・・社会形成の推移の過程にあらわれて来ているこの女にとって自然でない女らしさの観念がつみとられ消え去るためには、社会生活そのものが更に数歩の前進を遂げなければならないこと、そしてその中で女の生活の実質上の推進がもたらされなければならないというこ・・・ 宮本百合子 「新しい船出」
・・・ 民主主義革命の道は人民の歴史の実質の高まりである。そして常に苦しい条件におかれつづけている働く婦人、子供、青年の人生のより意味のある社会的価値づけを強く主張している。日本の民主主義の道は、困難をきわめている。けれども小池富美子さんのよ・・・ 宮本百合子 「あとがき(『宮本百合子選集』第十五巻)」
・・・二つの作品には自然発生的な萌芽として、新しい日本の人民生活の文学の端緒と、現代文学が私小説から脱却してゆく可能の方向及びこれからの日本文学が実質的に世界文学の領野に参加し、そこでになってゆくべき現実の性格などについて、示唆をふくんでいる。・・・ 宮本百合子 「あとがき(『宮本百合子選集』第七巻)」
・・・ただ従来、そのひとの程度というとき、個人的な限度で、各人の天質とか仁とかいう範囲でだけ内容づけられていたものを、もっと社会的な複雑な要因の綯いまぜられたものの動きとして感じているから、そういう実質でかりに我々の程度というときには、個人に及ぼ・・・ 宮本百合子 「異性の間の友情」
・・・林房雄や須井一などが一応プロレタリア文学の陣営に属すように見えつつ、実質においては非プロレタリア的な作品を量において多量生産し、しかもそれがブルジョア・ジャーナリズムにおいてもてはやされているのに対して、われわれが一々それを作品によって覆す・・・ 宮本百合子 「一連の非プロレタリア的作品」
・・・婦人代議士たちは代議士になってみて、今更切実に、既成政党が婦人代議士に求めていたものは、宣伝の色どりであって、実質的な政治への参加でもなければ、婦人の社会的、政治的成長でもなかったことを知らされているのである。婦人代議士の質が低いためばかり・・・ 宮本百合子 「一票の教訓」
出典:青空文庫