・・・原っぱをめぐって、僅かの家並があり、その後はすぐ武蔵野の榛の木が影を映す細い川になっていた。その川をわたる本郷台までの間が一面の田圃と畑で、春にはそこに若草も生え、れんげ草も咲いた。漱石の三四郎が、きょうの読者の感覚でみればかなり気障でたま・・・ 宮本百合子 「田端の汽車そのほか」
・・・沢山の家並やかすかなどよめきに想像をたくましくして居るらしい様子。B 私これを明日迄にしあげなけりゃ。Bはうつむいて、せっせっと編みつづける。Aが旅人と一緒に丘のだらだら坂をあがって来る。Cが見つける。C・・・ 宮本百合子 「旅人(一幕)」
・・・たるんだブロブロ声で笑いながら紙のあおる音の様なテカテカテカをやって居る男や、万燈をかついで走り廻って居る男やはそんな事は一寸も知らずに――又知って居てもすっかり忘れて狂いまわって居る。家並につるしてある赤い提灯の光、ひっきりなしにつづく下・・・ 宮本百合子 「つぼみ」
・・・ 赤土の泥濘を過ぎ、短い村落の家並にさしかかった。道のところどころに、雨あがりの大きい泥たんこが出来ている。私共二人、もう行手の丘の上に天主堂の大きく新しい城のような建物を望み何心なく喋りながら、一軒の床屋の前に通りかかった。床屋の前の・・・ 宮本百合子 「長崎の印象」
・・・ 実際上手下手は抜きにして殆ど家並にその家人の趣味を代表した音が響いて居るので、孝ちゃんの家でもいつの間にか、昔流行った手風琴を鳴らし始めた。 どっか恐ろしくのぽーんとした大口を開いた様な音からして、あんまりいい感じは与えない上に、・・・ 宮本百合子 「二十三番地」
・・・二人は市電の或る終点で降りて、一斉に街燈が消され、月光に家並を照らし出されている通りを家まで歩いた。 ふだん街の面をぎらつかせているネオンライトや装飾燈が無く、中天から月の明りを受けて水の底に沈んだような街筋を行くと、思いもかけない家と・・・ 宮本百合子 「二人いるとき」
・・・ ホワイト・チャペル通の交叉点を過ると、街の相貌がだんだん違って来た。家並が低くなった。木造二階家がよろめきながら立っている。往来はひろがり、タクシーなんか一台も通らない。犬もいない。木もない。そして人も少い。太陽だけが頭のテッペン・・・ 宮本百合子 「ロンドン一九二九年」
出典:青空文庫