・・・ ちょうどこの時分、父の訃に接して田舎に帰ったが、家計が困難で米塩の料は尽きる。ためにしばしば自殺の意を生じて、果ては家に近き百間堀という池に身を投げようとさえ決心したことがあった。しかもかくのごときはただこれ困窮の余に出でたことで、他・・・ 泉鏡花 「おばけずきのいわれ少々と処女作」
・・・ まえまえから、蝶子はチラシを綴じて家計簿を作り、ほうれん草三銭、風呂銭三銭、ちり紙四銭、などと毎日の入費を書き込んで世帯を切り詰め、柳吉の毎日の小遣い以外に無駄な費用は慎んで、ヤトナの儲けの半分ぐらいは貯金していたが、そのことがあって・・・ 織田作之助 「夫婦善哉」
・・・幼時は小学校に於て大津も高山も長谷川も凌いでいた、富岡の塾でも一番出来が可かった、先生は常に自分を最も愛して御坐った、然るに自分は家計の都合で中学校にも入る事が出来ず、遂に官費で事が足りる師範学校に入って卒業して小学教員となった。天分に於て・・・ 国木田独歩 「富岡先生」
・・・一つは苦しい家計が原因していた。彼女は買ってやることになっても、なお一応、物置きの中を探して、健吉の使い古しの緒が残っていないか確めた。 川添いの小さい部落の子供達は、堂の前に集った。それぞれ新しい独楽に新しい緒を巻いて廻して、二ツをこ・・・ 黒島伝治 「二銭銅貨」
・・・お里は、家計をやりくりして行くのに一層苦しみだした。 暮れになって、呉服屋で誓文払をやりだすと、子供達は、店先に美しく飾りたてられたモスリンや、サラサや、半襟などを見て来てはそれをほしがった。同年の誰れ彼れが、それぞれ好もしいものを買っ・・・ 黒島伝治 「窃む女」
・・・私のこれから撃つべき相手の者たちの大半は、たとえばパリイに二十年前に留学し、或いは母ひとり子ひとり、家計のために、いまはフランス文学大受け、孝行息子、かせぐ夫、それだけのことで、やたらと仏人の名前を書き連ねて以て、所謂「文化人」の花形と、ご・・・ 太宰治 「如是我聞」
・・・それまでは、家に在って、家計、交際、すべて私が引き受けて、この家を守ろう。そう覚悟をきめますと、それまで内心、うじゃうじゃ悩んでいたもの、すべてが消散して、苦しさも、わびしさも、遠くへ去って、私は、家の仕事のかたわら、洋裁の稽古にはげみ、少・・・ 太宰治 「皮膚と心」
・・・高等学校時代厳父の死に会い、当時家計豊かでなかったため亡父の故旧の配慮によって岩崎男爵家の私塾に寄食し、大学卒業当時まで引きつづき同家子弟の研学の相手をした。卒業後長崎三菱造船所に入って実地の修業をした後、三十四年に帰京して大学院に入り、同・・・ 寺田寅彦 「工学博士末広恭二君」
・・・左れば今日人事繁多の世の中に一家を保たんとするには、仮令い直に家業経営の衝に当らざるも、其営業渡世法の大体を心得て家計の方針を明にし其真面目を知るは、家の貧富貴賤を問わず婦人の身に必要の事なりと知る可し。是れが為めには娘の時より読み書き双露・・・ 福沢諭吉 「女大学評論」
・・・この主人が、家計の事についてはまったく細君をして知らしめず、主人と細君とあたかも他人の如くならんとするの覚悟ならば、すなわち可ならんといえども、夫婦ともに一家の経済を始末せんと思わば、婦人にも分りやすき法を用うるこそ策の得たるものというべけ・・・ 福沢諭吉 「小学教育の事」
出典:青空文庫