・・・しかし、その少し前にこの夏泊った沓掛の温泉宿の池に居る家鴨が大きな芋虫を丸呑みにしたことを想い出していた。それ以外にはどうしてもそれらしい聯想の鎖も見付からないのである。青い芋虫と真紅の肉片、家鴨と眇目の老人では心像の変形が少しひど過ぎるが・・・ 寺田寅彦 「KからQまで」
・・・去年この家にいた家鴨十数羽が今年はたった雄一羽と雌三羽とだけに減っている。二、三日前までは現在の外にもう二、三羽居たのだがある日おとずれて来たある団体客の接待に連れ去られたそうである。生き残った家鴨どもはわれわれには実によく馴ついて、ベラン・・・ 寺田寅彦 「高原」
・・・例えば郷里の家の前の流れに家鴨が沢山並んでいて、夕方になると上流の方の飼主が小船で連れに来るというような何でもない話でさえ、何かしら一種の夢のようなものを幼い頭の中に描かせると見える。それでいつも「おくにの話」をねだってはおしまいに「あたし・・・ 寺田寅彦 「小さな出来事」
・・・画はやはり田舎の風景で、ゆるやかな流れの岸に水車小屋があって柳のような木の下に白い頭巾をかぶった女が家鴨に餌でもやっている。何処で買ったかと聞いたら、町の新店にこんな絵や、もっと大きな美しいのが沢山に来ている、ナポレオンの戦争の絵があって、・・・ 寺田寅彦 「森の絵」
・・・あるいはそれが一段細かくなって家鴨よりほかに食わせない店もある。しまいには鳥の爪だけ食わせる所とか牛の肝臓だけ料理する家ができるかも知れない。分れて行けばどこまで行くか分りません。こんなに劇しい世間だからしまいには大変なことになるだろうと思・・・ 夏目漱石 「道楽と職業」
・・・片隅の竹囲いの中には水溜があって鶩が飼うてある。 天神橋を渡ると道端に例の張子細工が何百となくぶら下って居る。大きな亀が盃をくわえた首をふらふらと絶えず振って居る処は最も善く春に適した感じだ。 天神の裏門を境内に這入ってそこの茶店に・・・ 正岡子規 「車上の春光」
・・・はじめから真白くて可愛くて愛嬌のある雛が、家鴨として以外の大人の鳥にはなれないように。 作者は、社会主義の社会とその文学に単な合理性や今日では正義と云われている社会化された常識を期待するばかりではない。深い深い人間叡智と諸情感の動いてや・・・ 宮本百合子 「あとがき(『宮本百合子選集』第九巻)」
・・・といって見ると、明月谷に他から移り住んだ元祖である元記者の某氏、病弱な彫刻家である某氏、若いうちから独身で、囲碁の師匠をし、釈宗演の弟子のようなものであった某女史、決して魚を食わない土方の親方某、通称家鴨小屋の主人某、等々が、宇野浩二氏の筆・・・ 宮本百合子 「この夏」
・・・と写真帖など出し、家鴨の居るの 羊の居るの 子供だましのように見せる、面白い。細君にそのような話の面白みわからず。〔欄外に〕苅田さん「人間は、どんなことのためにでも生きるようになるものだ」と感じた由。 凍った・・・ 宮本百合子 「一九二五年より一九二七年一月まで」
・・・ この村人の育うものは、鳥では一番に鶏、次が七面鳥、家鴨などはまれに見るもので、一軒の家に二三匹ずつ居る大小の猫は、此等の家禽を追いまわし、自分自身は犬と云う大敵を持って居るのである。 人通りのない往還の中央に五六人きたない子がかた・・・ 宮本百合子 「農村」
出典:青空文庫