・・・以前にも両三度聞いた――渠の帰省談の中の同伴は、その容色よしの従姉なのであるが、従妹はあいにく京の本山へ参詣の留守で、いま一所なのは、お町というその娘……といっても一度縁着いた出戻りの二十七八。で、親まさりの別嬪が冴返って冬空に麗かである。・・・ 泉鏡花 「古狢」
・・・膝で豆算盤五寸ぐらいなのを、ぱちぱちと鳴らしながら、結立ての大円髷、水の垂りそうな、赤い手絡の、容色もまんざらでない女房を引附けているのがある。 時節もので、めりやすの襯衣、めちゃめちゃの大安売、ふらんねる切地の見切物、浜から輸出品の羽・・・ 泉鏡花 「露肆」
・・・……ところを、桔梗ヶ池の、凄い、美しいお方のことをおききなすって、これが時々人目にも触れるというので、自然、代官婆の目にもとまっていて、自分の容色の見劣りがする段には、美しさで勝つことはできない、という覚悟だったと思われます。――もっとも西・・・ 泉鏡花 「眉かくしの霊」
・・・第一容色はよし、気立てはよし、優しくはある、することなすこと、おまえのことといったら飯のくいようまで気に入るて。しかしそんなことで何、巡査をどうするの、こうするのという理窟はない。たといおまえが何かの折に、おれの生命を助けてくれてさ、生命の・・・ 泉鏡花 「夜行巡査」
・・・とその後妻が、(のう、ご親類の、ご新姐――悉しくはなくても、向う前だから、様子は知ってる、行来、出入りに、顔見知りだから、声を掛けて、(いつ見ても、好容色と空笑いをやったとお思い、とじろりと二人を見ると、お京さん、御母堂だよ、いいかい。怪我・・・ 泉鏡花 「縷紅新草」
・・・しかし彼の容色はほかに得られぬ。まずは珍重することかな。親父親父。親父は必ず逃がさんぞ。あれを巧く説き込んで。身脱けの出来ぬおれの負債を。うむ、それもよしこれもよし。さて謀をめぐらそうか。事は手ッ取り早いがいい。「兵は神速」だ。駈けを追って・・・ 川上眉山 「書記官」
・・・と又つと気を変えて「だけど感心と言えば感心だよ。容色も悪くはなし年だって私と同じなら未だいくらだって嫁にいかれるのに、ああやって一生懸命に奉公しているんだからね。全く普通の女にゃ真似が出来ないよ。それに恐しい正直者だから大庭様でも彼女に任か・・・ 国木田独歩 「竹の木戸」
・・・けれど容色はどこやらけわしくなっていたようであった。紺絣の単衣を着ていた。僕もなんだかなつかしくて、彼の痩せた肩にもたれかかるようにして部屋へはいったのである。部屋のまんなかにちゃぶだいが具えられ、卓のうえには、一ダアスほどのビイル瓶とコッ・・・ 太宰治 「彼は昔の彼ならず」
・・・要するに、私の最も好かない種属の容色であった。先夜の酔眼には、も少しましなひとに見えたのだが、いま、しらふでまともに見て、さすがにうんざりしたのである。 私はただやたらにコップ酒をあおり、そうして、おもに、おでんやのおかみや女中を相手に・・・ 太宰治 「父」
・・・女の容色の事も、外に真似手のない程精しく心得ている。ポルジイが一度好いと云った女の周囲には、耳食の徒が集まって来て、その女は大幣の引手あまたになる。それに学問というものを一切していないのが、最も及ぶべからざる処である。うぶで、無邪気で、何事・・・ 著:ダビットヤーコプ・ユリウス 訳:森鴎外 「世界漫遊」
出典:青空文庫