・・・ 江戸っ子らしい巻舌で一夜の宿を求め、部屋に案内されるや、すぐさま仰向に寝ころがり、両脚を烈しくばたばたさせ、番頭の持って行った宿帳には、それでもちゃんと正しく住所姓名を記し、酔い覚めの水をたのみ、やたらと飲んで、それから、その水でブロ・・・ 太宰治 「犯人」
・・・ 引き越したホテルはベルリン市のまるであべこべの方角にある。宿帳へは偽名をして附けた。なんでもホテルではおれを探偵だと思ったらしい。出入をするたびに、ホテルの外に立っている巡査が敬礼をする。 翌日は休日である。議会は休みのはずである・・・ 著:ディモフオシップ 訳:森鴎外 「襟」
・・・こうなれば宿帳つけに来し男の濡れ髪かき分けたるも涼しく、隣室にチリンと鳴るコップの音も涼しく、向うの室の欄干に倚りし女の白き浴衣も涼しげなり。昨日よりの疲れ一時に洗い去られしようにてからだのび/\となる。手を拍ちて床をのべさせ横になれば新し・・・ 寺田寅彦 「東上記」
出典:青空文庫