・・・今夜いっしょに行ってもお前とこでは寝るところもないんだし、今夜はよく眠って気を落ちつけて出て行きたいから」「その方がいいでしょう。とにかく兄さんにしっかりしてもらわないと、あまり神経を痛めてまた病気の方を重くしても困りますからね。遅かれ・・・ 葛西善蔵 「父の出郷」
・・・ 二 どうして喬がそんなに夜更けて窓に起きているか、それは彼がそんな時刻まで寝られないからでもあった。寝るには余り暗い考えが彼を苦しめるからでもあった。彼は悪い病気を女から得て来ていた。 ずっと以前彼はこんな夢を・・・ 梶井基次郎 「ある心の風景」
・・・ そう言いますと、あの時分は私も朝早くから起きて寝るまで、学校の課業のほかに、やたらむしょうに読書したものです。欧州の政治史も読めば、スペンサーも読む、哲学書も読む、伝記も読む、一時間三十ページの割合で、日に十時間、三百ページ読んでまだ・・・ 国木田独歩 「あの時分」
・・・「おや、早や、寝る筈はないんだが……」彼はそう思った。そして、鉄条網をくぐりぬけ、窓の下へしのびよった。「今晩は、――ガーリヤ!」 ――彼が窓に届くように持って来ておいた踏石がとりのけられている。「ガーリヤ。」 砕かれた・・・ 黒島伝治 「渦巻ける烏の群」
・・・ 保釈になった最初の晩、疲れるといけないと云うので、早く寝ることにしたのだが、田口はとうとう一睡もしないで、朝まで色んなことをしゃべり通してしまった。自分では興奮も何もしていないと云っていたし、身体の工合も顔色も別にそんなに変っていなか・・・ 小林多喜二 「独房」
・・・けれども、これから新規に百姓生活にはいって行こうとする子には、寝る場所、物食う炉ばた、土を耕す農具の類からして求めてあてがわねばならなかった。 私の四畳半に置く机の抽斗の中には、太郎から来た手紙やはがきがしまってある。その中には、もう麦・・・ 島崎藤村 「嵐」
・・・男の子は、日ぐれだから金の窓もしめるのだなと思って、じぶんもお家へかえって、牛乳とパンを食べて寝るのでした。 或日お父さんは、男の子をよんで、「おまいはほんとによくはたらいておくれだ。そのごほうびに、きょうは一日おひまを上げるから、・・・ 鈴木三重吉 「岡の家」
・・・君の三島の家には僕の寝る部屋があるかい。」 佐吉さんは何も言わず、私の背中をどんと叩きました。そのまま一夏を、私は三島の佐吉さんの家で暮しました。三島は取残された、美しい町であります。町中を水量たっぷりの澄んだ小川が、それこそ蜘蛛の巣の・・・ 太宰治 「老ハイデルベルヒ」
・・・三時間か四時間だけ自動車を一台やとって、道路のいい田舎へ出かけてどこでも好きなところで車を止めて土が踏みたければ踏み、草に寝たければ寝るということである。近頃の言葉で云えばドライヴを試みることである。 自動車で田舎へ遊山に出かけるという・・・ 寺田寅彦 「異質触媒作用」
・・・いくら心配しても、それだけの時間は、飛躍を許さないので、道太は朝まではどうかして工合よく眠ろうと思って、寝る用意にかかったが、まだ宵の口なので、ボーイは容易に仕度をしてくれそうになかった。 道太は少しずつ落ち著いてくると同時に、気持がく・・・ 徳田秋声 「挿話」
出典:青空文庫