・・・赤い封蝋細工のほおの木の芽が、風に吹かれてピッカリピッカリと光り、林の中の雪には藍色の木の影がいちめん網になって落ちて日光のあたる所には銀の百合が咲いたように見えました。 すると子狐紺三郎が云いました。「鹿の子もよびましょうか。鹿の・・・ 宮沢賢治 「雪渡り」
・・・いつも封じめには封蝋の代りに赤だの青だののレースのような円い封印紙が貼りつけられた。小さい私は、そのテーブルのわきに立って、やがてオトーサマと紙からあふれるような字を書くことを習った。あとにはいつもつづけて、ハヤクオカエリナサイ、と書いた覚・・・ 宮本百合子 「父の手紙」
・・・桃色の大判用紙をはがすとき、掛りの男は紙を旅券につけていた赤い封蝋をこわした。封蝋はポロポロ砕け、樺の事務机の上にこぼれた。日本女は今でも赤い封蝋がどんなにこなごなになって机に落ちたかたをはっきり思い出すことが出来た。 今夜はこうやって・・・ 宮本百合子 「モスクワの辻馬車」
出典:青空文庫