・・・何です、君の専門は?」「史学科です。」「ははあ、史学。君もドクタア・ジョンソンに軽蔑される一人ですね。ジョンソン曰、歴史家は almanac-maker にすぎない。」 老紳士はこう云って、頸を後へ反らせながら、大きな声を出して・・・ 芥川竜之介 「西郷隆盛」
・・・今人は少数の専門家を除き、ダアウインの著書も読まぬ癖に、恬然とその説を信じている。猿を先祖とすることはエホバの息吹きのかかった土、――アダムを先祖とすることよりも、光彩に富んだ信念ではない。しかも今人は悉こう云う信念に安んじている。 こ・・・ 芥川竜之介 「侏儒の言葉」
・・・とか、そういうことを専門に教えてくれろと言うのであった。僕は好ましくなかったが、仕事のあいまに教えてやるのも面白いと思って、会話の目録を作らして、そのうちを少しずつと、二人がほかで習って来るナショナル読本の一と二とを読まして見ることにした。・・・ 岩野泡鳴 「耽溺」
・・・狂歌師としては無論第三流以下であって、笑名の名は狂歌の専門研究家にさえ余り知られていないが、その名は『狂歌鐫』に残ってるそうだ。 喜兵衛は狂歌の才をも商売に利用するに抜目がなかった。毎年の浅草の年の市には暮の餅搗に使用する団扇を軽焼の景・・・ 内田魯庵 「淡島椿岳」
・・・その頃の日本の雑誌は専門のものも目次ぐらいは一と通り目を通していたが、鴎外と北尾氏との論争はドノ雑誌でも見なかったので、ドコの雑誌で発表しているかと訊くと、独逸の何とかいう学会の雑誌でだといった。日本人同士が独逸の雑誌で論難するというは如何・・・ 内田魯庵 「鴎外博士の追憶」
私は学校教育と云うものに就ては、現在の状況からすると小学校のそれに最も重きを置く。それは今日の状態にあっては大学及び其の他の専門学校と云うものは殆んど民衆にとってはこれと云う貢献がないと信ずるからである。何故かと云うに一般民衆にとって・・・ 小川未明 「人間性の深奥に立って」
・・・なんぼ石切さんが腫物の神さんでも、チビスは専門違いや。ハタケは癒せても、チビスの方はハタケ違いや。さア、藪医者が飛んできよる。巡査が手帳持って覗きに来よる。桃山行きや、消毒やいうて、えらい騒動や。そのあげく、乳飲ましたらあかんぜ、いうことに・・・ 織田作之助 「アド・バルーン」
・・・ 三年経てば、妹の道子は東京の女子専門学校を卒業する、乾いた雑布を絞るような学資の仕送りの苦しさも、三年の辛抱で済むのだと、喜美子は自分に言いきかせるのであった。 両親をはやく失って、ほかに身寄りもなく、姉妹二人切りの淋しい暮しだっ・・・ 織田作之助 「旅への誘い」
・・・横井はその時分医学専門の入学準備をしていたのだが、その時分下宿へ怪しげな女なぞ引張り込んだりしていたが、それから間もなく警察へ入ったのらしかった。 横井はやはり警官振った口調で、彼の現在の職業とか収入とかいろ/\なことを訊いた。「君・・・ 葛西善蔵 「子をつれて」
・・・と考えていましたが、「机に向いていた事はよく見たが、何を専門にやっていたか、どうも思いつかれぬ、窪田君、覚えているかい」と問われて、私も樋口とは半年以上も同宿して懇意にしていたにかかわらず、さて思い返してみて樋口が何をまじめに勉強してい・・・ 国木田独歩 「あの時分」
出典:青空文庫