・・・この間に桜の散っていること、鶺鴒の屋根へ来ること、射的に七円五十銭使ったこと、田舎芸者のこと、安来節芝居に驚いたこと、蕨狩りに行ったこと、消防の演習を見たこと、蟇口を落したことなどを記せる十数行それから次手に小説じみた事実談を一つ報告しまし・・・ 芥川竜之介 「温泉だより」
・・・土地の請負師だって云うのよ、頼みもしないのに無理に引かしてさ、石段の下に景ぶつを出す、射的の店を拵えてさ、そこに円髷が居たんですよ。 この寒いのに、単衣一つでぶるぶる震えて、あの……千葉の。先の呉服屋が来たんでしょう。可哀相でね、お金子・・・ 泉鏡花 「第二菎蒻本」
・・・歩兵銃で射的をうつには、落ちついて、ゆっくりねらいをきめてから発射するのだが、猟にはそういう暇がなかった。相手が命がけで逃走している動物である。突差にねらいをきめて、うたなければならない。彼は、銃を掌の上にのせるとすぐ発射することになれてい・・・ 黒島伝治 「雪のシベリア」
・・・ 療養所のすじむかいに小さい射的場があって、その店の奥で娘さんが顔を赤くして笑っている。ツネちゃんという娘だ。はたちくらいで、母親は無く、父親は療養所の小使いをしている。大柄な色の白い子で、のんきそうにいつも笑って、この東北の女みたいに・・・ 太宰治 「雀」
・・・ 因果 射的を 好む 頭でっかちの 弟。 兄は、いつでも、生命を、あげる。葦の自戒 その一。ただ、世の中にのみ眼をむけよ。自然の風景に惑溺して居る我の姿を、自覚したるときには、「われ老憊し・・・ 太宰治 「もの思う葦」
・・・銃口にはめた真鍮の蓋のようなものを注意して見ているうちに、自分が中学生のとき、エンピール銃に鉛玉を込めて射的をやった事を想い出した。単純に射的をやる道具として見た時に鉄砲は気持のいいものである。しかしこれが人を殺すための道具だと思って見ると・・・ 寺田寅彦 「雑記(1[#「1」はローマ数字、1-13-21])」
・・・自分らはこれを天文台と名づけていたが、実は昔の射的場の玉よけの跡であったので時々砂の中から長い鉛玉を掘り出す事があった。年上の子供はこの砂山によじ登ってはすべり落ちる。時々戦争ごっこもやった。賊軍が天文台の上に軍旗を守ってい・・・ 寺田寅彦 「花物語」
・・・ 野球もやはりヒットの遊戯の一つである。射的でも玉突きでも同様に二つの物体の描く四次元の「世界線」が互いに切り合うか切り合わぬかが主要な問題である。射的では的が三次元空間に静止しているが野球では的が動いているだけに事がらが複雑である。糊・・・ 寺田寅彦 「野球時代」
・・・また射的をしている人の鉄砲の筒口の正面へ突然顔を出して危うく助かった事もあった。大きくなるに従って物を知りたがり、卓布にこぼれた水が干上がるとどうなるかなどと聞いた。内気でそして涙脆く、ある時羊が一匹群に離れて彷徨っているのを見て不便がって・・・ 寺田寅彦 「レーリー卿(Lord Rayleigh)」
・・・ 避暑の方法はやはり日本と同じで海か山へ行くのですが、しかし海へ行くとしても只ゆくばかりでなく、いろいろな戸外ゲームたとえば射的や乗馬などを全く何もかも忘れて愉快に無邪気に数日乃至数週間を過ごします、それに近頃では天幕生活が非常によろこ・・・ 宮本百合子 「女学生だけの天幕生活」
出典:青空文庫