・・・と云って、それから、小便をしているのが聞えて来た。「隠したな。」と清吉は心で呟いた。 妻は、やはり反物をかえさずに持って帰って、納屋の蓆か空俵の下に隠したんだな、と彼は思った。 心臓の鼓動が激しくなった場合に妻の喉頭に痰が溜って・・・ 黒島伝治 「窃む女」
・・・ 昼食後、井村は、横坑の溝のところに来て、小便をしていた。カンテラが、洞窟の土の上や、岩の割れ目に点々と散らばって薄暗く燃えていた。「今頃、しゃばへ出りゃ、お日さんが照ってるんだなア。」声変りがしかけた市三だった。「そうさ。」・・・ 黒島伝治 「土鼠と落盤」
・・・ 帰りに一人が、ちょうど棒頭の小便をしていた時、仲間に「だが、俺ァなあキットいつかあの犬を殺してやるよ……」と言った。 小林多喜二 「人を殺す犬」
・・・は、のどがかわいて目がくらみそうになる、そのうちに、たまたま、水見たいなものが手にさわったので、それへ口をつけて、むちゅうでぐいぐい飲んだまではおぼえているが、あとで考えると、その水気というのは、人の小便か、焼け死んだ死体のあぶらが流れたま・・・ 鈴木三重吉 「大震火災記」
・・・ 私は上半身を起して、「窓から小便してもいいかね。」 と言った。「かまいませんわ。そのほうが簡単でいいわ。」「キクちゃんも、時々やるんじゃねえか。」 私は立上って、電燈のスイッチをひねった。つかない。「停電ですの・・・ 太宰治 「朝」
・・・そうして、彼がそのチャンポンをやって、「どれ、小便をして来よう。」と言って巨躯をゆさぶって立ち上り、その小山の如きうしろ姿を横目で見て、ほとんど畏敬に近い念さえ起り、思わず小さい溜息をもらしたものだが、つまりその頃、日本に於いてチャンポンを・・・ 太宰治 「酒の追憶」
・・・また、大池さんの家なんか、路傍に桶を並べて路行く人に小便をさせて、その小便が桶一ぱいになると、それを百姓たちに売ってもうけたのが、いまの財産のはじまりだ。金持ちなんて、もとをただせば、皆こんなものだ。俺の一族は、いいか、この地方では一ばん古・・・ 太宰治 「親友交歓」
・・・ と橋田氏は、僕の茶化すような質問に立腹したような口調で、「貴族の立小便なんかじゃありませんよ。少しでも、ほんのちょっとでも永く、私たちの傍にいたくて、我慢に我慢をしていたせいですよ。階段をのぼる時の、ドスンドスンも、病気でからだが・・・ 太宰治 「眉山」
・・・ それから少しきたない話ではあるが、昔田舎の家には普通に見られた三和土製円筒形の小便壺の内側の壁に尿の塩分が晶出して針状に密生しているのが見られたが、あれを見るときもやはり同様に軽い悪寒と耳の周囲の皮膚のしびれを感ずるのであった。 ・・・ 寺田寅彦 「自由画稿」
・・・希臘羅馬以降泰西の文学は如何ほど熾であったにしても、いまだ一人として我が俳諧師其角、一茶の如くに、放屁や小便や野糞までも詩化するほどの大胆を敢てするものはなかったようである。日常の会話にも下がかった事を軽い可笑味として取扱い得るのは日本文明・・・ 永井荷風 「妾宅」
出典:青空文庫