・・・それが仁右衛門には尊くさえ見えた。小半時赤坊の腹を撫で廻わすと、笠井はまた古鞄の中から紙包を出して押いただいた。そして口に手拭を喰わえてそれを開くと、一寸四方ほどな何か字の書いてある紙片を摘み出して指の先きで丸めた。水を持って来さしてそれを・・・ 有島武郎 「カインの末裔」
・・・物の小半時も聞かされちゃ、噛み殺して居た欠伸の御葬いが鼻の孔から続け様に出やがらあな。業腹だから斯う云ってくれた――待てよ斯う云ったんだ。「旦那、お前さん手合は余り虫が宜過ぎまさあ。日頃は虫あつかいに、碌々食うものも食わせ無えで置いて、・・・ 有島武郎 「かんかん虫」
・・・さあ、誰ぞ来てやってくれ、ちっと踞まねえじゃ、筋張ってしょ事がない、と小半時でまた理右衛門爺さまが潜っただよ。 われ漕げ、頭痛だ、汝漕げ、脚気だ、と皆苦い顔をして、出人がねえだね。 平胡坐でちょっと磁石さ見さしつけえ、此家の兄哥が、・・・ 泉鏡花 「海異記」
・・・何をしたか分りません、障子襖は閉切ってございましたっけ、ものの小半時経ったと思うと、見ていた私は吃驚して、地震だ地震だ、と極の悪い大声を立てましたわ、何の事はない、お居間の瓦屋根が、波を打って揺れましたもの、それがまた目まぐるしく大揺れに揺・・・ 泉鏡花 「政談十二社」
・・・男のささきげんでつみもなく美くしい直衣の袖を胡蝶のように舞の引く手、さす手もあやしげにやがてその影も小さくなった時月の影の一人さまよう階をおりて桜の梢をうっとりと女君の色紙の墨の香に魂をうばわれること小半時、やがて夢さめたようにそのうたをく・・・ 宮本百合子 「錦木」
出典:青空文庫