・・・その小字に長者屋敷と云うは、全く無人の境なり。茲に行きて炭を焼く者ありき。或夜その小屋の垂菰をかかげて、内を覗う者を見たり。髪を長く二つに分けて垂れたる女なり。このあたりにても深夜に女の叫声を聞くことは、珍しからず。佐々木氏の祖父の弟、・・・ 泉鏡花 「遠野の奇聞」
・・・これは摂津国屋の嗣子で、小字を子之助と云った。文政五年は午であるので、俗習に循って、それから七つ目の子を以てわたくしの如きものが敢て文を作れば、その選ぶ所の対象の何たるを問わず、また努て論評に渉ることを避くるに拘らず、僭越は免れざる所である・・・ 森鴎外 「細木香以」
・・・川添家は同じ清武村の大字今泉、小字岡にある翁の夫人の里方で、そこに仲平の従妹が二人ある。妹娘の佐代は十六で、三十男の仲平がよめとしては若過ぎる。それに器量よしという評判の子で、若者どもの間では「岡の小町」と呼んでいるそうである。どうも仲平と・・・ 森鴎外 「安井夫人」
出典:青空文庫