・・・ドイツ語の小形の詩の本をよみながら黒い装いをした一人の婆さんがその野菜食堂の階子段の横に腰かけ片手を通行人にさし出していた。レーニングラードの乞食女である。 兵営がある。兵営の下は黒っぽい水のゆるやかに流れる掘割だ。上衣の襟フックを・・・ 宮本百合子 「スモーリヌイに翻る赤旗」
・・・ 労農通信員のマルーシャが、みんなにからかわれながら、額におちてくる金髪をふりあげふりあげ上気した顔をして小形写真機を覗いている。マルーシャは労働者新聞に自分達工場の婦人デーの模様を書き、何とかして、この罪のない、おどけたアガーシャ小母・・・ 宮本百合子 「ソヴェト同盟の三月八日」
・・・ 体が小形なので子牛でもふざけて走りだすと繩を握って居る小僧はひきずられる。 私が行くと子牛の背や喉をこすりながらいろいろの事をはなした。 退屈な時にペンペン草の満ちた牧場に座って小牛の柔かな体を抱えながらこの子の話をきくのは愉・・・ 宮本百合子 「旅へ出て」
・・・青い小形の紙に、Aさん、私は今こんな話を思いつきました。という書き出しで、細かい字がぎっしり七枚の紙を埋めている。それは多分十五年と十六年との間の冬に書かれたものらしい。「昔、昔、或るところに一人の王様があった。 彼は生れた・・・ 宮本百合子 「地は饒なり」
・・・戸口は開かれて、まだゆるい着物を着て、桃色のリボンの帯を裾に引くまでして片手に青い表紙の小形の本をもって顔だけ出しました。細い形の体はスーと吸い込まれた様にかくれました。まもなくそのまどの中に美くしい笑声がもれました。一時間がたちました。ま・・・ 宮本百合子 「無題(一)」
・・・すぐに跡から小形の手桶に柄杓を投げ入れたのを持って出た。手桶からは湯気が立っている。先っきの若い男が「や、閼伽桶」と叫んだ。所謂閼伽桶の中には、番茶が麻の嚢に入れて漬けてあったのである。 この時玄関で見掛けた、世話人らしい男の一人が、座・・・ 森鴎外 「百物語」
出典:青空文庫