・・・……「……姐さん、ここの前を右へ出て、大な絵はがき屋だの、小料理屋だの、賑な処を通り抜けると、旧街道のようで、町家の揃った処がある。あれはどこへ行く道だね。」「それはね、旦那さん、那谷から片山津の方へ行く道だよ。」「そうか――そ・・・ 泉鏡花 「みさごの鮨」
・・・という小料理屋の向って左隣りには「大天狗」という按摩屋で、天井の低い二階で五、六人の按摩がお互いに揉み合いしていた。右隣は歯科医院であった。 その歯科医院は古びたしもた家で、二階に治療機械を備えつけてあるのだが、いかにも煤ぼけて、天井が・・・ 織田作之助 「大阪発見」
・・・料亭よりも小料理屋やおでん屋が好きで、労働者と一緒に一膳めし屋で酒を飲んだりした。木賃宿へも平気で泊った。どんなに汚ないお女郎屋へも泊った。いや、わざと汚ない楼をえらんで、登楼した。そして、自分を汚なくしながら、自虐的な快感を味わっているよ・・・ 織田作之助 「四月馬鹿」
・・・うなるのだろう、と自分ながら、そらおそろしくなって来て、さすがにもう、このへんでよそうと思っても、こんどは友人が、席をあらためて僕にこれからおごらせてくれ、と言い出し、電車に乗って、その友人のなじみの小料理屋にひっぱって行かれ、そこでまた日・・・ 太宰治 「朝」
・・・て、それから、駅で中野行きの切符を買い、何の思慮も計画も無く、謂わばおそろしい魔の淵にするすると吸い寄せられるように、電車に乗って中野で降りて、きのう教えられたとおりの道筋を歩いて行って、あの人たちの小料理屋の前にたどりつきました。 表・・・ 太宰治 「ヴィヨンの妻」
・・・という軍人専用の煙草を百本とにかく、百本在中という紙包とかえられて、私はその大尉のズボンのポケットに無雑作にねじ込まれ、その夜、まちはずれの薄汚い小料理屋の二階へお供をするという事になりました。大尉はひどい酒飲みでした。葡萄酒のブランデーと・・・ 太宰治 「貨幣」
・・・情景、見るもの聞くもの、すべて悲しみの種でしたが、しかし、少くとも僕一個人にとって、痛快、といってもいいくらいの奇妙なよろこびを感じさせられた事は、市場に物資がたくさん出ていて、また飲み食いする屋台、小料理屋が、街々にひしめき、あふれるとい・・・ 太宰治 「女類」
・・・努力のため、と敢えて私は言いたいのです、そのために少しずつ繁昌して、屋台を二つくっつけたくらいの増築では間に合わなくなりましたので、これも娘と婆の発案で、新富町の表通りに小さい家を借りまして、おでん、小料理と書いた提燈を出し、そうしてもう、・・・ 太宰治 「男女同権」
・・・月末になると、近所の蕎麦屋、寿司屋、小料理屋などから、かなり高額の勘定書がとどけられた。一家の空気は険悪になるばかりであった。このままでこの家庭が、平静に帰するわけはなかった。何か事件が、起らざるを得なくなっていた。 真夏に、東京郊外の・・・ 太宰治 「花火」
・・・のあらしのために、わが国の人の心に自然なあらゆるものが根こぎにされて、そのかわりにペンキ塗りの思想や蝋細工のイズムが、新開地の雑貨店や小料理屋のように雑然と無格好に打ち建てられている最中に、それほどとも思われぬ天然の風景がほうぼうで保存せら・・・ 寺田寅彦 「写生紀行」
出典:青空文庫