・・・と一々明細に説明してやって、例えば東京市の地図が牛込区とか小石川区とか何区とかハッキリ分ってるように、職業の分化発展の意味も区域も盛衰も一目の下に暸然会得できるような仕かけにして、そうして自分の好きな所へ飛び込ましたらまことに便利じゃないか・・・ 夏目漱石 「道楽と職業」
・・・その雑誌の編輯をしていた友達と私とは、小石川の老松町に暮していたのであった。 小熊さんはそのとき北海道の旭川であったか、これまでつとめていた新聞をやめて上京して来たわけであった。やっぱり特徴のある髪の毛と細面な顔だちで、和服に袴の姿であ・・・ 宮本百合子 「旭川から」
・・・最初の部分は、小石川の動力の響が近隣の小工場から響いて来る二階で。中頃の部分は、鎌倉の明月谷の夏。我々は胡瓜と豆腐ばかり食べて、夜になると仕事を始めた。彼女はそっちの部屋でチェホフを。私はこっちの部屋で自分の小説を。蛾が、深夜に向って開け放・・・ 宮本百合子 「シナーニ書店のベンチ」
・・・若き日の露伴が、小石川の小さい池のある一葉の住居を訪ねて行ったことがあったのを。「露団々」の作者として当時既に名の高かったこの青年作家は鴎外とともに「たけくらべ」を讚歎して、小説の上手くなるまじないに、「たけくらべ」の中の文字五つ六つを水に・・・ 宮本百合子 「人生の風情」
小石川――目白台へ住むようになってから、自然近いので山伏町、神楽坂などへ夜散歩に出かけることが多くなった。元、椿山荘のあった前の通りをずっと、講釈場裏の坂へおり、江戸川橋を彼方に渡って山伏町の通りに出る。そして近頃、その通・・・ 宮本百合子 「茶色っぽい町」
・・・ もう帰ろう、あしたまた八時っから小石川へ行かなけりゃあならないんだもの。 今の仕事が片づくと当分は自由で居られる。 京子は立ちあがって「おはしょり」をなおしながらこれから家に帰ってねるまでの事を話したりした。「どう・・・ 宮本百合子 「千世子(三)」
・・・最初、私共は、小石川老松町の家にいて、四月二十七日に自分達が東京駅から九州へ出発しよう等と夢にも考えていなかった。三月初旬に、Yは大腸カタールをした。家にいては食物の養生が厳格に行かない。「病院へ入る方がいいのよ、」と私が云った。「そう――・・・ 宮本百合子 「長崎の印象」
・・・ 一九二五年四月〔牛込区馬場下町東光館 富澤有為男宛 小石川区高田老松町五九より〕 原稿を拝見いたしました。 遠慮なく加筆したところもあり、削ったところもございます。何卒あしからず。「この頃の若いもの云々」の話、率直・・・ 宮本百合子 「日記・書簡」
・・・「小石川区小日向台町何丁目何番地に新築落成して横浜市より引き移りし株式業深淵某氏宅にては、二月十七日の晩に新宅祝として、友人を招き、宴会を催し、深更に及びし為め、一二名宿泊することとなりたるに、其一名にて主人の親友なる、芝区南佐久間町何・・・ 森鴎外 「鼠坂」
・・・二人は小石川に家を持った。 ―――――――――――― 又一年立った。私はロシアとの戦争が起ったので、戦地へ出発した。F君は新橋の停車場まで送って来て、私にドイツ文で書いたロシア語の文法書を贈った。この本と南江堂で買っ・・・ 森鴎外 「二人の友」
出典:青空文庫