・・・辰野隆先生訳、仏人リイル・アダン氏の小話であります。この短い実話を、もう一度繰りかえして読んでみて下さい。ゆっくり読んでみて下さい。薄情なのは、世間の涙もろい人たちの間にかえって多いのであります。芸術家は、めったに泣かないけれども、ひそかに・・・ 太宰治 「女の決闘」
・・・江戸の小咄にある、あの、「誰でもよい」と乳母に打ち明ける恋いわずらいの令嬢も、この数個のほうの部類にいれて差し支えなかろう。 太宰もイヤにげびて来たな、と高尚な読者は怒ったかも知れないが、私だってこんな事を平気で書いているのではない。甚・・・ 太宰治 「チャンス」
・・・ 江戸の小咄にも、あるではないか。朝、垣根越しにとなりの庭を覗き見していたら、寝巻姿のご新造が出て来て、庭の草花を眺め、つと腕をのばし朝顔の花一輪を摘み取った。ああ風流だな、と感心して見ていたら、やがて新造は、ちんとその朝顔で鼻をかんだ・・・ 太宰治 「女人創造」
・・・江戸の小咄にも、あるではないか。富籤が当って、一家狂喜している様を、あるじ、あさましがり、何ほどのこともないさ、たかが千両、どれ銭湯へでも行って、のんびりして来ようか、と言い澄まして、銭湯の、湯槽にひたって、ふと気がつくと、足袋をはいていた・・・ 太宰治 「春の盗賊」
・・・だが、それは芸術と云う一つの概念が感覚的なものか直感的なものか意志的なものであるかと云うことについて論証することと何ら変るところもない馬鹿馬鹿しい小話にすぎない。もしも風流なるものが感覚から生れ出るものか或いは意志からか直感からかと云うなら・・・ 横光利一 「新感覚論」
出典:青空文庫