・・・ 白は尻尾を振りながら、一足飛びにそこへ飛んで行きました。「お嬢さん! 坊ちゃん! 今日は犬殺しに遇いましたよ。」 白は二人を見上げると、息もつかずにこう云いました。しかし今日はどうしたのか、お嬢さんも坊ちゃんもただ呆気にとられたよ・・・ 芥川竜之介 「白」
・・・鼠は慣れていると見えて、ちょこちょこ、舞台の上を歩きながら、絹糸のように光沢のある尻尾を、二三度ものものしく動かして、ちょいと後足だけで立って見せる。更紗の衣裳の下から見える前足の蹠がうす赤い。――この鼠が、これから雑劇の所謂楔子を演じよう・・・ 芥川竜之介 「仙人」
・・・鬣と尻尾だけが風に従ってなびいた。「何んていうだ農場は」 背丈けの図抜けて高い彼れは妻を見おろすようにしてこうつぶやいた。「松川農場たらいうだが」「たらいうだ? 白痴」 彼れは妻と言葉を交わしたのが癪にさわった。そして馬・・・ 有島武郎 「カインの末裔」
・・・花田 ただし尻尾を出しそうな奴は黙って引っ込んでいるほうがいいぜ。それでは俺たち四人は戸部とともちゃんとに最後の告別をしようじゃないか。……戸部、おまえのこれまでの芸術は、若くして死んだ天才戸部の芸術として世に残るだろう。しかしそこで・・・ 有島武郎 「ドモ又の死」
・・・そこで尻尾を振って居たが、いよいよ行くというまでに決心がつかなかった。百姓は掌で自分の膝を叩いて、また呼んだ。「来いといったら来い。シュッチュカ奴。馬鹿な奴だ。己れはどうもしやしない。」 そこで犬は小股に歩いて、百姓の側へ行掛かった。し・・・ 著:アンドレーエフレオニード・ニコラーエヴィチ 訳:森鴎外 「犬」
・・・お濠ン許で、長い尻尾で、あの、目が光って、私、私を睨んで、恐かったの。」 と、くるりと向いて、ひったり母親のその柔かな胸に額を埋めた。 また顔を見合わせたが、今はその色も変らなかった。「おお、そうかい、夢なんですよ。」「恐か・・・ 泉鏡花 「女客」
・・・いきなり、けらけらと笑ったのは大柄な女の、くずれた円髷の大年増、尻尾と下腹は何を巻いてかくしたか、縞小紋の糸が透いて、膝へ紅裏のにじんだ小袖を、ほとんど素膚に着たのが、馬ふんの燃える夜の陽炎、ふかふかと湯気の立つ、雁もどきと、蒟蒻の煮込のお・・・ 泉鏡花 「開扉一妖帖」
・・・と見れば、豆板屋、金米糖、ぶっ切り飴もガラスの蓋の下にはいっており、その隣は鯛焼屋、尻尾まで餡がはいっている焼きたてで、新聞紙に包んでも持てぬくらい熱い。そして、粘土細工、積木細工、絵草紙、メンコ、びいどろのおはじき、花火、河豚の提灯、奥州・・・ 織田作之助 「アド・バルーン」
・・・も持っていて、私はそんな定評を見聴きするたびに、ああ大阪は理解されていないと思うのは、実は大阪人というものは一定の紋切型よりも、むしろその型を破って、横紙破りの、定跡外れの脱線ぶりを行う時にこそ真髄の尻尾を発揮するのであって、この尻尾をつか・・・ 織田作之助 「大阪の可能性」
・・・その崋山の大幅というのは、心地よげに大口を開けて尻尾を振上げた虎に老人が乗り、若者がひいている図で、色彩の美しい密画であった。「がこれだってなかなか立派なもんじゃないか。東京の鑑定家なんていうものの言うことも迂濶に信用はできまいからね。・・・ 葛西善蔵 「贋物」
出典:青空文庫