・・・帽子は被らず、頭髪を蓬々と抓み棄てたが、目鼻立の凜々しい、頬は窶れたが、屈強な壮佼。 渋色の逞しき手に、赤錆ついた大出刃を不器用に引握って、裸体の婦の胴中を切放して燻したような、赤肉と黒の皮と、ずたずたに、血筋を縢った中に、骨の薄く見え・・・ 泉鏡花 「露肆」
・・・ この徳二郎という男はそのころ二十五歳ぐらい、屈強な若者で、叔父の家には十一二の年から使われている孤児である。色の浅黒い、輪郭の正しい立派な男、酒を飲めば必ず歌う、飲まざるもまた歌いながら働くという至極元気のよい男であった。いつも楽しそ・・・ 国木田独歩 「少年の悲哀」
・・・二十四、五かと思われる屈強な壮漢が手綱を牽いて僕らの方を見向きもしないで通ってゆくのを僕はじっとみつめていた。夕月の光を背にしていたからその横顔もはっきりとは知れなかったがそのたくましげな体躯の黒い輪郭が今も僕の目の底に残っている。『僕・・・ 国木田独歩 「忘れえぬ人々」
・・・その弟も屈強な若い百姓だ。 兄弟の働いている側で先生方は町の人達にも逢った。人々の話は鉱泉の性質、新浴場の設計などで持切った。千曲川への水泳の序に、見に来る町の子供等もあった。中には塾の生徒も遊びに来ていて、先生方の方へ向って御辞儀した・・・ 島崎藤村 「岩石の間」
・・・ しかしこういうあらゆる杖に比べると、いわゆるステッキほどわけのわからない品物はないと思われる。屈強の青壮年が体重をささえるために支柱とするはずはないからである。もっとも銀座アルプスのデパートの階段などを上る時は多少の助けになるかもしれ・・・ 寺田寅彦 「ステッキ」
・・・少年は終身の少年に非ず、三、五年をすぐれば屈強の大人たるをいかんせん。政治経済は有用の学なり、大人にしてこれを知らざるは不都合ならん。今一歩を譲り、人生は徳義を第一として、これに兼ぬるに物理の知識をもってすれば、もって社会の良民たるに恥じず・・・ 福沢諭吉 「経世の学、また講究すべし」
・・・ 柩の両端に太い麻繩は結いつけられて二人の屈強な男の手によって、頭より先に静かに――静かに下って行く。 降りそそぐ小雨の銀の雨足は白木の柩の肌に消えて行く。 スルスル……、スルスル、麻繩は男の手をすべる。 トトト……、トトト・・・ 宮本百合子 「悲しめる心」
・・・しかも、怪我したりする年齢がこれまでは二十一歳以上の屈強な働き盛りのものが自然第一位であったのに、昭和十三年には十六歳から二十歳までのものが二三・六パーセントとなって災難の第一位を占めていることも注目されるのである。 事務員や女教員その・・・ 宮本百合子 「女性の現実」
・・・塩原では、臨時事務所のようなところが出来て、そこでは屈強な若者が十数人鉢巻をして、山積したハガキを書いている。通行人の寄附を待つためだろう。往来に机まで出し、選挙事務所のような有様だ。日日は、頻りに投票ハガキの多いこと、為に中央郵便局の消印・・・ 宮本百合子 「夏遠き山」
・・・ そうやって待っているのが男ばかりなのも一つの光景であると思う。屈強な男ばかりがつめかけるのである。 女はつつましくうちからもって来るお弁当を使うのだろう。毎日のことで格別そちらの群集に目を向けるでもなく、若い女事務員が小さい組にな・・・ 宮本百合子 「列のこころ」
出典:青空文庫