・・・赤玉が屋上にムーラン・ルージュをつけて道頓堀の夜空を赤く青く染めると、美人座では二階の窓に拡声機をつけて、「道頓堀行進曲」「僕の青春」「東京ラプソディ」などの蓮ッ葉なメロディを戎橋を往き来する人々の耳へひっきりなしに送っていた。拡声機から流・・・ 織田作之助 「世相」
・・・君はきっと、銀座か新宿のデパアトの屋上庭園の木柵によりかかり、頬杖ついて、巷の百万の屋根屋根をぼんやり見おろしたことがあるにちがいない。巷の百万の屋根屋根は、皆々、同じ大きさで同じ形で同じ色あいで、ひしめき合いながらかぶさりかさなり、はては・・・ 太宰治 「彼は昔の彼ならず」
・・・ 屋上で神に祈る土人の歌謡、カバレでりんごを売る女の唱歌、それらもおもしろくない事はない。また女の捨てばちな気分を表象するようにピアノの鍵盤をひとなでにかき鳴らしたあとでポツンと一つ中央のCを押すのや、兵士が自分で投げた団扇を拾い上げよ・・・ 寺田寅彦 「映画雑感(1[#「1」はローマ数字、1-13-21])」
・・・観音の境内や第六区の路地や松屋の屋上や隅田河畔のプロムナードや一銭蒸汽の甲板やそうした背景の前に数人の浅草娘を点出して淡くはかない夢のような情調をただよわせようという企図だとすれば、ある程度までは成効しているようである。ただもう一息という肝・・・ 寺田寅彦 「映画雑感(4[#「4」はローマ数字、1-13-24])」
・・・ホテルの一室で人が対話していると、窓越しに見える遠見の屋上でアラビア人のアルラーにささげる祈りの歌が聞こえる。すると平凡な一室が突然テヘランの町の一角に飛んで行く。こういう効果はおそらく音響によってのみ得られるべきものである。探偵が来て「可・・・ 寺田寅彦 「映画時代」
・・・高角度に写された煙突から朝餉の煙がもくもくと上がり始めると、あちらこちらの窓が明いて、晴れやかな娘の顔なども見える。屋上ではせんたく物を朝風に翻すおかみさんたちの群れもある。これらの画像の連続の間に、町の雑音の音楽はアクセレランドー、クレッ・・・ 寺田寅彦 「音楽的映画としての「ラヴ・ミ・トゥナイト」」
ある日、浜町の明治座の屋上から上野公園を眺めていたとき妙な事実に気がついた。それは上野の科学博物館とその裏側にある帝国学士院とが意外に遠く離れて見えるということである。この二つの建築物の前を月に一度くらいは通るので、近くで・・・ 寺田寅彦 「観点と距離」
・・・そうして夏の暑い日にその屋上へあがれば地上百尺、温度の一度や二度ぐらいは低い。上には青空か白雲、時には飛行機が通る。駿河の富士や房総の山も見える日があろう。ついでに屋上さらに三四百尺の鉄塔を建てて頂上に展望台を作るといいと思う。その側面を広・・・ 寺田寅彦 「銀座アルプス」
・・・ 二 草市 七月十三日の夕方哲学者のA君と二人で、京橋ぎわのあるビルディングの屋上で、品川沖から運ばれて来るさわやかな涼風の流れにけんぐしながら眼下に見通される銀座通りのはなやかな照明をながめた。煤煙にとざされた大都・・・ 寺田寅彦 「試験管」
・・・ちょうど若い軍人たちがおおぜいで見学に来ていたが、四階屋上の露台から下を見おろしている同僚の一群を下の連中が見上げながら大声で何かからかっている。「おうい、もう争議は解決したぞ、おりろおりろ」というのが聞こえた。その後ある大学の運動会では余・・・ 寺田寅彦 「時事雑感」
出典:青空文庫