・・・馬ようやく船に乗りて船、河の中流に出ずれば、灘山の端を離れてさえさえと照る月の光、鮮やかに映りて馬白く人黒く舟危うし。何心なくながめてありしわれは幾百年の昔を眼前に見る心地して一種の哀情を惹きぬ。船回りし時われらまた乗りて渡る。中流より石級・・・ 国木田独歩 「小春」
・・・そして寒気は刺すようで、山の端の月の光が氷っているようである。僕は何とも言えなく物すごさを感じた。 船がだんだん磯に近づくにつれて陸上の様子が少しは知れて来た。ここはかねて聞いていたさの字浦で、つの字崎の片すみであった。小さな桟橋、桟橋・・・ 国木田独歩 「鹿狩り」
・・・ 五日のお月さまは、この時雲と山の端とのちょうどまん中にいました。シグナルはもうまるで顔色を変えて灰色の幽霊みたいになって言いました。「またあなたはだまってしまったんですね。やっぱり僕がきらいなんでしょう。もういいや、どうせ僕なんか・・・ 宮沢賢治 「シグナルとシグナレス」
・・・太陽の明るみが何時か消えて、西岸に聳えるプロスペクト山の頂に見馴れた一つ星が青白く輝き出すと、東の山の端はそろそろと卵色に溶け始めます。けれども、支えて放たれない光りを背に据えた一連の山々は、背後の光輝が愈々増すにつれて、刻一刻とその陰影を・・・ 宮本百合子 「C先生への手紙」
・・・ 四辺の万物は体の薄黒色から次第次第に各々の色を取りもどして来、山の端があかるみ、人家の間から鶏共が勢よく「時」を作る。 向うの向うの山彦が、かすかに「コケコッコ――ッ」と応える。 目覚め、力づけられて活き出そうとする天地の中に・・・ 宮本百合子 「一条の繩」
・・・ クラスノヴィードヴォは、高い、峻しい崖の上に、教会の青い屋根が聳え、それからずっと山の端沿いに丈夫そうな小屋が金色に藁屋根を輝やかしている村であった。 真直な大きい鼻のついた紅色の顔に、碧色を帯びた眼が厳格に光っている、背の高い、・・・ 宮本百合子 「マクシム・ゴーリキイの伝記」
・・・ はや下ななつさがりだろう、日は函根の山の端に近寄ッて儀式とおり茜色の光線を吐き始めると末野はすこしずつ薄樺の隈を加えて、遠山も、毒でも飲んだかだんだんと紫になり、原の果てには夕暮の蒸発気がしきりに逃水をこしらえている。ころは秋。そここ・・・ 山田美妙 「武蔵野」
出典:青空文庫