・・・「小女山道」「昼飯」「牛を追う翁」「みかん」「いこいつつ水の流れをながめおれば、せきれい鳴いて日暮れんとす」など、とり止めもない遠足の途中のいたずら書きらしいものもある。 亮のかいた絵に私が題句をかいたり、亮の句に私が生意気な評のような・・・ 寺田寅彦 「亮の追憶」
・・・また重いものをかついで山道を登る夢が情婦とのめんどうな交渉の影像として現われることもある。古来の連句の中でもそういう不思議な場合の例を捜せばおそらくいくらでも見つかるであろうという事は、自分自身の貧弱な体験からも想像されることである。「・・・ 寺田寅彦 「連句雑俎」
・・・それは見晴しの好い峠の山道を、ひとりでゆっくり歩きたかったからであった。道は軌道に沿いながら、林の中の不規則な小径を通った。所々に秋草の花が咲き、赫土の肌が光り、伐られた樹木が横たわっていた。私は空に浮んだ雲を見ながら、この地方の山中に伝説・・・ 萩原朔太郎 「猫町」
・・・その映画でもやはり人間の努力の姿を語ろうとして同じような山道を攀じ登る姿を繰り返し繰り返し見せた。山の岩石の構造の相違やそこを登攀する技術の相違や雪の質、氷河の性質等に就いてカメラがもっと科学的に活用されていたらばあれだけの長さの内容をもっ・・・ 宮本百合子 「イタリー芸術に在る一つの問題」
・・・ 奥から出て来た主人らしい人が、大鳥居のきわから左へ入って、うねうね山道を歩いてゆけば、ひとりでに公会堂の上へ出るからと教えてくれた。 暖かい十月の六日で、セルで汗ばむ天気であった。弁当の包を片手に下げ、家のわきから左に入ると、男の・・・ 宮本百合子 「琴平」
・・・平地の健脚は、決して石ころの山道で同様の威厳を持ち得ない事を発見致しました。 紐育あたりから遊びに来て居ります人々でも、矢張り私と余り違わない程度と見えて、深い山等へ出かける者は少うございます。従って朝夕、美くしく着飾った女達が、都会に・・・ 宮本百合子 「C先生への手紙」
・・・ こうして私たちは少しずつ少しずつ、時にはのぼった山道をまた下るような足どりにも耐えて、自身の成長と歴史の成長とを学び、もたらして行くのだと思う。〔一九四二年一月〕 宮本百合子 「時代と人々」
・・・チフリスへはコーカサス山脈を横断するグルジンスカヤ山道を自動車で十時間余ドライブして行く筈であった。コーカサスの雄大な美を知りたいと思えば、このグルジンスカヤ山道をおいてはない。そう云われている絶景である。ウラジ・カウカアズが、その起点とな・・・ 宮本百合子 「石油の都バクーへ」
・・・ ある恐ろしい山道で一人の百姓が天狗に出遭った。天狗は既に烏天狗の域を脱して凄い赤鼻と、炬火のような眼をもった大天狗だ。天狗は百姓を見て云った。「ヤイ虫ケラ。俺に遭ったのは百年目だ。サア喰ってやるから覚悟しろ」 百姓は浅黄股引姿・・・ 宮本百合子 「ブルジョア作家のファッショ化に就て」
・・・足指漸く仰ぎて、遂につづらおりなる山道に入りぬ。ところどころに清泉迸りいでて、野生の撫子いと麗しく咲きたり。その外、都にて園に植うる滝菜、水引草など皆野生す。しょうりょうという褐色の蜻あり、群をなして飛べり。日暮るる頃山田の温泉に着きぬ。こ・・・ 森鴎外 「みちの記」
出典:青空文庫