・・・幇間なかまは、大尽客を、獅子に擬え、黒牡丹と題して、金の角の縫いぐるみの牛になって、大広間へ罷出で、馬には狐だから、牛に狸が乗った、滑稽の果は、縫ぐるみを崩すと、幇間同士が血のしたたるビフテキを捧げて出た、獅子の口へ、身を牲にして奉った、と・・・ 泉鏡花 「開扉一妖帖」
・・・(おのれ、不義もの……人畜生と代官婆が土蜘蛛のようにのさばり込んで、(やい、……動くな、その状を一寸でも動いて崩すと――鉄砲だぞよ、弾丸と言う。にじり上がりの屏風の端から、鉄砲の銃口をヌッと突き出して、毛の生えた蟇のような石松が、目を光らし・・・ 泉鏡花 「眉かくしの霊」
・・・私はいつも、けちけちしている癖に、ざらざら使い崩すたちなので、どうしてもお金が残りません。一文おしみの百失いとでもいうものなのでしょうか。しかも、また、貧乏に堪える力も弱いので、つい無理な仕事も引受けます。お金が、ほしくなるのです。ラジオ放・・・ 太宰治 「みみずく通信」
・・・(そは作者の知る処に非とにかく珍々先生は食事の膳につく前には必ず衣紋を正し角帯のゆるみを締直し、縁側に出て手を清めてから、折々窮屈そうに膝を崩す事はあっても、決して胡坐をかいたり毛脛を出したりする事はない。食事の時、仏蘭西人が極って Ser・・・ 永井荷風 「妾宅」
・・・殊に翻訳を為始めた頃は、語数も原文と同じくし、形をも崩すことなく、偏えに原文の音調を移すのを目的として、形の上に大変苦労したのだが、さて実際はなかなか思うように行かぬ、中にはどうしても自分の標準に合わすことの出来ぬものもあった。で、自分は自・・・ 二葉亭四迷 「余が翻訳の標準」
・・・去年の秋小さな盛りにしていた土を崩すだけだったから何でもなかった。教科書がたいてい来たそうだ。ただ測量と園芸が来ないとか云っていた。あしたは日曜だけれども無くならないうちに買いに行こう。僕は国語と修身は農事試験場へ行った工藤さんから譲られて・・・ 宮沢賢治 「或る農学生の日誌」
・・・憎らしいような面白いような気がこみ上げて来、盛りあげた銅貨をわざと足で崩す。 飽きると、私はその百銭を再び袋にしまい、歩調に合わせて膝にぶっつけザックリ、ザックリ鳴らしながら廊下を歩いた。その時はもう一人ではない。毛糸の手編靴下をはいた・・・ 宮本百合子 「百銭」
・・・重吉が帰って、こうして、ひろ子の息づきはゆるやかになり、自分を崩すまいとする緊張から解放されて、はじめて、自分のこれまでの辛さや、それに耐えている女がはために与えるこわらしさを見ることが出来た。ひろ子をよく知っていて、つき合いの間には入りく・・・ 宮本百合子 「風知草」
・・・然るに門人中坐容を崩すものがあったのを見て、大喝して叱した。遊所に足を容るることをば嫌わず、物に拘らぬ人で、その中に謹厳な処があった。」 森鴎外 「細木香以」
出典:青空文庫