・・・それで無うてから既に露店の許された時間は経過して、僅に巡行の警官が見て見ぬ振という特別の慈悲を便りに、ぼんやりと寂しい街路の霧になって行くのを視めて、鼻の尖を冷たくして待っておったぞ。 処へ、てくりてくり、」 と両腕を奮んで振って、・・・ 泉鏡花 「露肆」
・・・ 少し距離を隔てて巡行せる八田巡査は思わず一足前に進みぬ。渠はそこを通り過ぎんと思いしならん。さりながらえ進まざりき。渠は立ち留まりて、しばらくして、たじたじとあとに退りぬ。巡査はこのところを避けんとせしなり。されども渠は退かざりき。造・・・ 泉鏡花 「夜行巡査」
・・・「実は今ここを巡行するとね、何だか黒い影が御門から出て行きましたから……」 婆さんの顔は土のようである。何か云おうとするが息がはずんで云えない。巡査は余の方を見て返答を促す。余は化石のごとく茫然と立っている。「いやこれは夜中はな・・・ 夏目漱石 「琴のそら音」
出典:青空文庫