・・・親父が無理算段の学資を工面して卒業の上は月給でも取らせて早く隠居でもしたいと思っているのに、子供の方では活計の方なんかまるで無頓着で、ただ天地の真理を発見したいなどと太平楽を並べて机に靠れて苦り切っているのもある。親は生計のための修業と考え・・・ 夏目漱石 「現代日本の開化」
・・・せっかくの事だから亭主も無理な工面をして一々奥さんの御意に召すように取り計います。それで御同伴になるかと云うと、まだ強硬に構えています。最後に金剛石とかルビーとか何か宝石を身に着けなければ夜会へは出ませんよと断然申します。さすがの御亭主もこ・・・ 夏目漱石 「文芸の哲学的基礎」
・・・新進文士でも二三の作が少し評判がいいと、すぐに住いや暮しを工面する。ちょいと大使館書記官くらいな体裁にはなってしまう。「当代の文士は商賈の間に没頭せり」と書いた Porto-Riche は、実にわれを欺かずである。 ピエエル・オオビュル・・・ 著:プレヴォーマルセル 訳:森鴎外 「田舎」
・・・お前らも道後案内という本でも拵らえて、ちと他国の客をひく工面をしてはどうかな。道後の旅店なんかは三津の浜の艀の着く処へ金字の大広告をする位でなくちゃいかんヨ。も一歩進めて、宇品の埠頭に道後旅館の案内がある位でなくちゃだめだ。松山人は実に商売・・・ 正岡子規 「初夢」
・・・ 栄蔵が東京へ行く時に、大抵の金は持って行ってしまった後へ、思わぬ事が持ちあがったので、お節はこまこました物入りにいろいろ苦しい工面をして居た。 けれ共、達は、自分が貯金から出して来た三四円の金を皆、お節・・・ 宮本百合子 「栄蔵の死」
・・・旅費の工面が出来なかったのである。この窮乏のうちにイエニーは長男の母となった。 ブルッセルで、エンゲルスがマルクス家の隣に住んで共に働くようになった。エンゲルスと共に終生変らぬマルクス夫妻の仲間となったワイデマイヤーとの交際もはじまった・・・ 宮本百合子 「カール・マルクスとその夫人」
・・・どうせ大淀を通るなら、一寸汽車を工面して見るのも悪くない。四時間ばかり余裕を見て、大淀駅から青島行自動車に乗った。豊後から日向に入ると、景色が変った。豊後の、海沿いに島があったり、入江があったり、実に所謂いい景色にちんまりしていたのが、日向・・・ 宮本百合子 「九州の東海岸」
・・・平生親しくはせぬが、工面の好いと云うことを聞いていた。そこでこの下島に三十両借りて刀を手に入れ、拵えを直しに遣った。 そのうち刀が出来て来たので、伊織はひどく嬉しく思って、あたかも好し八月十五夜に、親しい友達柳原小兵衛等二三人を招いて、・・・ 森鴎外 「じいさんばあさん」
・・・それも現金で物が買って食べられる時は、わたくしの工面のいい時で、たいていは借りたものを返して、またあとを借りたのでございます。それがお牢にはいってからは、仕事をせずに食べさせていただきます。わたくしはそればかりでも、お上に対して済まない事を・・・ 森鴎外 「高瀬舟」
・・・「はてな。工面が悪いのかしら。」独言のように私は云った。「そうじゃございません。お泊になってから少し立ちますと、今なら金があるからと仰ゃって、今月末までの勘定を済ませておしまいになった位でございます。」もう十一月に入っているから、F・・・ 森鴎外 「二人の友」
出典:青空文庫