・・・ そこで文章の死活がまたしばしば音調の巧拙に支配せらるる事の少からざるを思うに、文章の生命はたしかにその半以上懸って音調の上にあることを信ずるのである。故に三下りの三味線で二上りを唄うような調子はずれの文章は、既に文章たる価値の一半を失・・・ 泉鏡花 「おばけずきのいわれ少々と処女作」
・・・技術の巧拙は問う処でない、掲げて以て衆人の展覧に供すべき製作としては、いかに我慢強い自分も自分の方が佳いとは言えなかった。さなきだに志村崇拝の連中は、これを見て歓呼している。「馬も佳いがコロンブスは如何だ!」などいう声があっちでもこっちでも・・・ 国木田独歩 「画の悲み」
・・・自分は尺八のことにはまるで素人であるから、彼が吹くその曲の善し悪し、彼の技の巧拙はわからないけれども、心をこめて吹くその音色の脈々としてわれに迫る時、われ知らず凄動したのである。泣かんか、泣くにはあまりに悲哀深し、吹く彼れはそもそもなんの感・・・ 国木田独歩 「女難」
・・・ この律動的編成の巧拙の分かれるところがどこにあるかと考えてみると、これはやはりこの画面に現われたような実際の出来事が起こる場合に、天然自然にアルベール、すなわち観客の目があちらからこちらへと渡って歩くと同じリズムで画面の切り換えが行な・・・ 寺田寅彦 「映画雑感(1[#「1」はローマ数字、1-13-21])」
・・・編集の巧拙などはほとんど問題にしなくてもよいかと思われる。 十五 吼えろヴォルガ 「燃え上がるヴォルガ」(俗名、吼を見た。映画はそれほどおもしろいとは思わなかったが、その中でトロイカの御者の歌う民謡と、営舎の中の群集・・・ 寺田寅彦 「映画雑感(3[#「3」はローマ数字、1-13-23])」
・・・しかし実際はこの場合の巧拙を決定するものはほんのわずかな呼吸である。画面連続の時間的分配を少しでも誤れば効果は全然別のものになるであろうと思われる。要するに「かん」だけの問題である。 ナンセンスの中にのみほんとうの真実が存するという人が・・・ 寺田寅彦 「映画雑感(2[#「2」はローマ数字、1-13-22])」
・・・ 横井礼市。 この人の絵はうるさいところがなくてよい。涼しい感じがある。この人の絵の態度は行きつまらない。どこまでも延びうると思う。 湯浅一郎。 巧拙にかかわらず一人の個人の歌集がおもしろいように個人画家の一代の作品の展覧はいろいろの意・・・ 寺田寅彦 「昭和二年の二科会と美術院」
・・・一首一首の巧拙などはもちろんよく分らなくても、全体として見たときに感ずる一種の雰囲気のようなものがあって、それが色々暗示を与えるからであります。連作にもいろいろありましょうが、例えば雪なら雪をいろいろの角度からいろいろの距離で眺めたものも面・・・ 寺田寅彦 「書簡(2[#「2」はローマ数字2、1-13-22])」
・・・と言って、決して巧拙のできばえなどは問題にされなかった。 酒も煙草も甘いものもいっさいの官能的享楽を顧みなかった先生は、謡曲でも西洋音楽でも決してそれがただの享楽のためではなくて、やることが善いことだからやるのだというように見えた。休日・・・ 寺田寅彦 「田丸先生の追憶」
・・・充分には聞きとり兼ねる歌詞はどうであっても、歌う人の巧拙はどうであってもそんな事にかまわず私の胸の中には美しい「子供の世界」の幻像が描かれた。聞いているうちになんという事なしに、ひとりで涙が出て来た。長い間自分の目の奥に固く凍りついていたも・・・ 寺田寅彦 「蓄音機」
出典:青空文庫