・・・知らぬ間に、お前は巨万の金をこしらえていたのだ。 七 おれの目的、同時にお前の宿願はこうして遂に達せられたわけだが、さて、お前は巨万の金をかかえてどうするかと見ていると、簡単に俗臭紛々たる成金根性を発揮しだした。・・・ 織田作之助 「勧善懲悪」
・・・ 実際如何に絶大の権力を有し、巨万の富を擁して、其衣食住は殆ど完全の域に達して居る人々でも、又た彼の律僧や禅家などの如く、其の養生の為めには常人の堪ゆる能わざる克己・禁欲・苦行・努力の生活を為す人々でも、病いなくして死ぬのは極めて尠いの・・・ 幸徳秋水 「死生」
・・・われら巨万の富貴をのぞまず。立て札なき、たった十坪の青草原を! 性愛を恥じるな! 公園の噴水の傍のベンチに於ける、人の眼恥じざる清潔の抱擁と、老教授R氏の閉め切りし閨の中と、その汚濁、果していずれぞや。「男の人が欲しい!」「・・・ 太宰治 「HUMAN LOST」
・・・ だいたい今まで中学が少な過ぎたために、県で立てたのが二つ、その当時、衆議院議員選挙の猛烈な競争があったが、一人の立候補が、石炭色の巨万の金を投じて、ほとんどありとあらゆる村に中学を寄付したその数が五つ。 こんなわけで、今まで七人も・・・ 葉山嘉樹 「死屍を食う男」
・・・ゆえに経済書を学ばざるものは、巨万の富豪も無産の貧漢に異ならず。第九、法律書 人の生命・家産を重んじ、正をすすめ邪をとどむるの法を論じたるものなり。法律に暗き人は、知らずして罪を犯し、知らずして法にしたがうことあり。あたかも・・・ 福沢諭吉 「学校の説」
・・・左れば小児を丈夫に養育せんとならば、仮令い巨万の富あるも先ず其家を八瀬大原にして、之に生理学問上の注意を加う可きのみ。一 尚お成長すれば文字を教え針持つ術を習わし、次第に進めば手紙の文句、算露盤の一通りを授けて、日常の衣服を仕立て家計の・・・ 福沢諭吉 「新女大学」
・・・瀝青ウラン鉱からラジウムを引き出すことに成功した彼らが、その特許を独占して商業的に巨万の富を作ってゆくか、それとも、あくまで科学者としての態度を守ってその精錬のやり方をも公表し、人類科学の為に開放するか、二つの中のどちらかに決定する種類のも・・・ 宮本百合子 「キュリー夫人」
・・・特許をとれば、明かにラジウムは巨万の富をキュリー夫妻へもたらすでしょう。学生時代から貧乏のしどおしである日々の生活が安らかになるばかりでなく、科学者としてキュリー夫妻が永年の間憧れている設備のいい実験室さえ何の苦もなく持つことが出来るでしょ・・・ 宮本百合子 「キュリー夫人の命の焔」
・・・誰が考えても、戦争によって多大な犠牲を払い、生活を根本的に壊された人民大衆に対して、ほんの一部の軍需生産者ばかりが、巨万の富を積んで、謂わば彼を富ましたため社会事情によって惹き起された苦痛な食糧問題にも、住宅問題にも、インフレーションの不安・・・ 宮本百合子 「私たちの建設」
出典:青空文庫