・・・この意味で、会話は、彼の意図通り、方向を転換したと云っても差支えない。が、転換した方向が、果して内蔵助にとって、愉快なものだったかどうかは、自らまた別な問題である。 彼の述懐を聞くと、まず早水藤左衛門は、両手にこしらえていた拳骨を、二三・・・ 芥川竜之介 「或日の大石内蔵助」
・・・なぜまた毎日汽車に乗ったかと云えば、――そんなことは何でも差支えない。しかし毎日汽車になど乗れば、一ダズンくらいの顔馴染みはたちまちの内に出来てしまう。お嬢さんもその中の一人である。けれども午後には七草から三月の二十何日かまで、一度も遇った・・・ 芥川竜之介 「お時儀」
・・・しかし大体の目鼻だちは美しいと言っても差支えない。いや、端正に過ぎる結果、むしろ険のあるくらいである。 女はさも珍らしそうに聖水盤や祈祷机を見ながら、怯ず怯ず堂の奥へ歩み寄った。すると薄暗い聖壇の前に神父が一人跪いている。女はやや驚いた・・・ 芥川竜之介 「おしの」
・・・そういうことならそういたしても私どものほうではけっして差し支えございませんが……」 と言って、軽く受け流して行くのだった。思い入って急所を突くつもりらしく質問をしかけている父は、しばしば背負い投げを食わされた形で、それでも念を押すように・・・ 有島武郎 「親子」
・・・もし、私の零細な知識が、私をいつわらぬならば、ロシアの最近の革命の結果からいうと、ロシアの啓蒙運動は、むしろ民衆の真の勃興にさまたげをなしていると言っても差し支えないようだ。始めは露国のプロレタリアのためにいかにも希望多く見えた革命も、現在・・・ 有島武郎 「広津氏に答う」
・・・きれぎれに頭に浮んで来る感じを後から後からときれぎれに歌ったって何も差支えがないじゃないか。一つに纏める必要が何処にあると言いたくなるね。B 君はそうすっと歌は永久に滅びないと云うのか。A おれは永久という言葉は嫌いだ。B 永久・・・ 石川啄木 「一利己主義者と友人との対話」
・・・瓜の皮、西瓜の種も差支えぬ。桃、栗、柿、大得意で、烏や鳶は、むしゃむしゃと裂いて鱠だし、蝸牛虫やなめくじは刺身に扱う。春は若草、薺、茅花、つくつくしのお精進……蕪を噛る。牛蒡、人参は縦に啣える。 この、秋はまたいつも、食通大得意、という・・・ 泉鏡花 「茸の舞姫」
・・・「御参詣の方にな、お触らせ申しはいたさんのじゃが、御信心かに見受けまするで、差支えませぬ。手に取って御覧なさい、さ、さ。」 と腰袴で、細いしない竹の鞭を手にした案内者の老人が、硝子蓋を開けて、半ば繰開いてある、玉軸金泥の経を一巻、手・・・ 泉鏡花 「七宝の柱」
・・・随って社員は月末の米屋酒屋の勘定どころか煙草銭にもしばしば差支えた。が、社長沼南は位置相当の門戸を構える必要があったとはいえ、堂々たる生活をしながら社員が急を訴えても空々しい貧乏咄をしてテンから相談対手にならなかった。 沼南はまた晩年を・・・ 内田魯庵 「三十年前の島田沼南」
・・・これを科学の産んだ芸術と呼んで差支えないのである。シネマと、ラヂオのごとき、一地域もしくは、局部の生活に抵抗せず、超国土的に、一般の大衆に訴へんとするものが、それである。これ等の統一的な芸術にあっては、はじめより、大衆に共通する趣味、興味、・・・ 小川未明 「純情主義を想う」
出典:青空文庫