・・・護憲運動のあった時などは善良なる東京市民のために袋叩きにされているのですよ。ただ山の手の巡回中、稀にピアノの音でもすると、その家の外に佇んだまま、はかない幸福を夢みているのですよ。 主筆 それじゃ折角の小説は…… 保吉 まあ、お聞き・・・ 芥川竜之介 「或恋愛小説」
・・・東京市民が現に腐心しつつあるものは、しばしば外国の旅客に嗤笑せらるる小人の銅像を建設することでもない。ペンキと電灯とをもって広告と称する下等なる装飾を試みることでもない。ただ道路の整理と建築の改善とそして街樹の養成とである。自分はこの点にお・・・ 芥川竜之介 「松江印象記」
・・・「神、その独子、聖霊及び基督の御弟子の頭なる法皇の御許によって、末世の罪人、神の召によって人を喜ばす軽業師なるフランシスが善良なアッシジの市民に告げる。フランシスは今日教友のレオに堂母で説教するようにといった。レオは神を語るだけの弁才を・・・ 有島武郎 「クララの出家」
・・・雲は焚け、草は萎み、水は涸れ、人は喘ぐ時、一座の劇はさながら褥熱に対する氷のごとく、十万の市民に、一剤、清涼の気を齎らして剰余あった。 膚の白さも雪なれば、瞳も露の涼しい中にも、拳って座中の明星と称えられた村井紫玉が、「まあ……前刻・・・ 泉鏡花 「伯爵の釵」
・・・診立て違いということもあるからと、天王寺の市民病院で診てもらうと、果して違っていた。レントゲンをかけ腎臓結核だときまると、華陽堂病院が恨めしいよりも、むしろなつかしかった。命が惜しければ入院しなさいと言われた。あわてて入院した。 附添い・・・ 織田作之助 「夫婦善哉」
・・・そしてそのお婆さんが平常あんなに見えていても、その娘を親爺さんには内証で市民病院へ連れて行ったり、また娘が寝たきりになってからは単に薬をもらいに行ってやったりしたことがあるということを、あるときそのお婆さんが愚痴話に吉田の母親をつかまえて話・・・ 梶井基次郎 「のんきな患者」
・・・それで其等の勢力が愛郷土的な市民に君臨するようになったか、市民が其等の勢力を中心として結束して自己等の生活を安固幸福にするのを悦んだためであるか、何時となく自治制度様のものが成立つに至って、市内の豪家鉅商の幾人かの一団に市政を頼むようになっ・・・ 幸田露伴 「雪たたき」
・・・ これまで世界中で一ばんはげしかった地震火災は今から十五年前に、イタリヤのメッシーナという重要な港とその附近とで十四万人の市民を殺した大地震と、十七年前、サンフランシスコの震火で二十八町四方を焼いたのと、この二つですが、こんどの地震は、・・・ 鈴木三重吉 「大震火災記」
・・・そこでも市民たちは、やはりみんなの間からいくたりかの議政官というものを選んで、その人たちにすべての支配を任せていました。或とき、その議政官の一人にディオニシアスという大層な腕ききがいました。 ディオニシアスは、もとはずっと下級の役に使わ・・・ 鈴木三重吉 「デイモンとピシアス」
・・・ そのおでんやを出て、また、別のところへ行き、私たちは、その夜おそくまで、奉祝の上機嫌な市民の中を、もまれて歩いた。提燈行列の火の波が、幾組も幾組も、私たちの目の前を、ゆらゆら通過した。兄は、ついに、群集と共にバンザイを叫んだ。あんなに・・・ 太宰治 「一燈」
出典:青空文庫