・・・ 帰り際に、「これで俺も安心した。俺の後取りが出来たのだから、卑怯な真似までして此処を出たいなど考えなくてもよくなったからなア!」 と云った。それから一寸間を置いて何気ない風に笑い乍ら、「――そうすればお前の役目も大きくなる・・・ 小林多喜二 「父帰る」
・・・が附きはすまいかと心配ありげに撲いた吸殻、落ちかけて落ちぬを何の呪いかあわてて煙草を丸め込みその火でまた吸いつけて長く吹くを傍らにおわします弗函の代表者顔へ紙幣貼った旦那殿はこれを癪気と見て紙に包んで帰り際に残しおかれた涎の結晶ありがたくも・・・ 斎藤緑雨 「かくれんぼ」
・・・千鶴子は気ぜわしかったと見え、帰り際後手のまましめた格子と門を一寸ばかりずつしめのこしたまま行ってしまった。その隙間を見ているうちにはる子は漠然と憂鬱を感じ、茶器の出ている自分の机に戻った。 数日後のこと、夜に入って千鶴子が訪ねて来た。・・・ 宮本百合子 「沈丁花」
出典:青空文庫