・・・ 七月末に一度帰京してちょうど二週間たって再び行って見て驚いたのはあひるのひなの生長の早いことであった。あの黄色いうぶ毛はいつのまにか消えうせて、もうそろそろ一人前の鴨羽に近い色彩の発現が見える。小さなブーメラング形の翼の胚芽の代わりに・・・ 寺田寅彦 「あひると猿」
・・・時候がちがうのか、それとも実が実として存在する期間が短く、実がなるや否や爆裂して木っ葉みじんになるためなのか、どうか、よく確かめようと思っているうちに帰京の期が迫って果たさなかった。ただこの見ぬ恋の「かんしゃく草」にめぐり会い、その花だけで・・・ 寺田寅彦 「沓掛より」
・・・卒業後長崎三菱造船所に入って実地の修業をした後、三十四年に帰京して大学院に入り、同時に母校の講師となった。その当時理科大学物理学科の聴講生となって長岡博士その他の物理学に関する講義に出席した。翌三十五年助教授となり、四十二年応用力学研究のた・・・ 寺田寅彦 「工学博士末広恭二君」
・・・ 七月二十一日にいったん帰京した。昆虫の世界は覗く間がなかった。八月にまた行ったとき、もう少し顕微鏡下の生命の驚異に親しみたいと思っている。 寺田寅彦 「高原」
・・・ 十時過ぎの汽車で帰京しようとして沓掛駅で待ち合わせていたら、今浅間からおりて来たらしい学生をつかまえて駅員が爆発当時の模様を聞き取っていた。爆発当時その学生はもう小浅間のふもとまでおりていたからなんのことはなかったそうである。その時別・・・ 寺田寅彦 「小爆発二件」
・・・そしてその年の冬、母の帰京すると共に、わたくしもまた船に乗った。公園に馬車を駆る支那美人の簪にも既に菊の花を見なくなった頃であった。 凡ては三十六、七年むかしの夢となった。歳月人を俟たず、匆々として過ぎ去ることは誠に東坡が言うが如く、「・・・ 永井荷風 「十九の秋」
・・・ 飛ぶ様に変って行く景色、駅々で乗込んで来る皆それぞれの地方色を持った人達に心がひかれて私は自分が今妹の病気のために帰京するんだなどとは云えないほど澄んだ面白い様な気持になって居た。 氏家駅に来るまで私は本を見景色をながめして自分で・・・ 宮本百合子 「悲しめる心」
・・・ 良人が云う。帰京すると、彼はいつの間にか大きな金網を買って来た。そして、余りの休暇の折々に、大工の音をさせて、大きな円天井の籠を拵えた。そして、「あら、真個にお飼いになるの」と云う間もなく、可愛い二羽のべに雀と、金華鳥、じゅう・・・ 宮本百合子 「小鳥」
・・・ 国男自動車で藤沢を通り倉知一族と帰京、基ちゃん報知に来てくれる。自分雨をおかし、夜、二人で、林町に行きよろこぶ。 自転車に日比谷でぶつかり、足袋裸足となる。 十一日 大学のかえりA林町により、歩き青山に戻る。石井に五十・・・ 宮本百合子 「大正十二年九月一日よりの東京・横浜間大震火災についての記録」
・・・ それから一ヵ月ほどそこに滞在して帰京して間もなく、級会があった。私は、正月から、まだその年は一度も出席していない。余り御無沙汰になるので、雨の降る中を出かけて行った。そして、皆の、賑やかな、笑い、喋る姿を見ると、ふと自分の心に、先達っ・・・ 宮本百合子 「追想」
出典:青空文庫