・・・「平俗な日なため! 早く消えろ。いくら貴様が風景に愛情を与え、冬の蠅を活気づけても、俺を愚昧化することだけはできぬわい。俺は貴様の弟子の外光派に唾をひっかける。俺は今度会ったら医者に抗議を申し込んでやる」 日に当りながら私の憎悪はだ・・・ 梶井基次郎 「冬の蠅」
・・・自炊、粗末の暮しはじめて、文字どおり着た切り雀、難症の病い必ずなおしてからでなければ必ず下山せず、人類最高の苦しみくぐり抜けて、わがまことの創生記、きっと書いてあげます、芥川賞授賞者とあれば、かまえて平俗の先生づら、承知、おとなしく、健康の・・・ 太宰治 「創生記」
・・・み、そこに作家の不用意きわまる素顔を発見したつもりで得々としているかも知れないが、彼等がそこでいみじくも、掴まされたものはこの作家もまた一日に三度三度のめしを食べた、あの作家もまた房事を好んだ、等々の平俗な生活記録にすぎない。すでに判り切っ・・・ 太宰治 「もの思う葦」
・・・だから、いきなり新宿のカフェーであばずれかかった女給としておふみが現れたとき、観客は少し唐突に感じるし、どこかそのような呈出に平俗さを感じる。このことは、例えば、待合で食い逃げをした客にのこされたとき、おふみが「よかったねえ!」と艶歌師の芳・・・ 宮本百合子 「「愛怨峡」における映画的表現の問題」
・・・そういう生活の平俗な安易さが、才能をさびさせている。そのように感じたのであった。 そして、有馬さとえ氏のように辛苦をして修業していた婦人画家さえ、大家になると同時に、その作品はどこやら覇気を失っていることが、私に何か心を痛ましめる惜しさ・・・ 宮本百合子 「帝展を観ての感想」
・・・とばかり執拗に、果敢に破綻をもおそれず、即発燃焼を志して一箇の芸術境をきずいて行った姿というものは、平俗に逃避したりおさまったりした枯淡と何等の通じるものをもっていない。はりつめて対象の底にまで流れ入り、それを浮上らせている精神の美があるか・・・ 宮本百合子 「芭蕉について」
・・・彼等が「没趣味なもの、俗悪なもの、平俗なものとして斥けたものも、質朴な自然そのものに外ならないことが余りにも屡々であったのである。」 バルザックが、彼の作品でとりあげたのは正にそのロマンチストたちにとって俗悪・低劣とされたところの金銭及・・・ 宮本百合子 「バルザックに対する評価」
父を殺している ○ 作者は巧妙な極めて平俗な理由で息子の父を母の生活から切りはなし、父と母との矛盾をこの作において避けている。母は息子との間に矛盾を感じるばかりでなく、現代にあっては多く父との間・・・ 宮本百合子 「婦人作家は何故道徳家か? そして何故男の美が描けぬか?」
・・・作品の評価が基準を失ってされがちな時期には、このような一見平俗な危険にさえ、われわれ作家は決してさらされないと断言はされないのである。 さて、最後に再び「風雲」にかえろう。 この作がプロレタリア文化団体に関する取材であるからといって・・・ 宮本百合子 「文学における古いもの・新しいもの」
・・・ジイドの描いたジュネヴィエヴという十八歳の娘は、平俗偽善な小市民的父親の「良俗」に反抗し、抗議せずにいられない情熱から、自分の独立を、自分の不服従を、女性だけがなし得る出産という行為で、明らかにする欲求から結婚もせず、恋愛からでもなく、子供・・・ 宮本百合子 「未開の花」
出典:青空文庫