・・・「年の瀬の闇市でも見物して来るかな」 呑気に聴えるが、苦しまぎれであった。西鶴の「世間胸算用」の向うを張って、昭和二十年の大晦日のやりくり話を書こうと、威勢は良かったが、大晦日の闇市を歩いてその材料の一つや二つ拾って来ようと、まるで・・・ 織田作之助 「世相」
・・・ そうして、その日から、さちよの寄棲生活がはじまった。年の瀬、お正月、これといういいこともなくするする過ぎた。みぞれの降る夜、ふたりは、電気を消して、まっくらい部屋で寝ながら話した。「さちよの伯父さんは、でも、いいひとだと思うよ。過・・・ 太宰治 「火の鳥」
・・・わがままで不精な彼にとって年賀状というものが年の瀬に横たわる一大暗礁のごとく呪わしきものに思われて来たのだそうである。「同じ文句を印刷したものを相互に交換するのであるから、結局始めから交換しないでも同じ事である。ただ相違のある点は国民何・・・ 寺田寅彦 「年賀状」
・・・黒字どころか、おしつまる年の瀬とともに、金のあるふところ、金のないふところの差別はまざまざとして、大晦日の新聞は、何と報道していたでしょう。キャバレーの床にシャンペンが流れ、高価な贅沢品はとぶように売れているのに、生活必需品の売れあしは、き・・・ 宮本百合子 「今年こそは」
一 年の瀬という表現を十二月という歳末の感情に結びつけて感じると、今年は年の瀬を越すなどというものではなく、年の瀬が恐ろしくひろい幅とひどい勢いでどうどうと生活もろとも轟き流れている気がする。一年・・・ 宮本百合子 「今日の文学の諸相」
出典:青空文庫