・・・ 綿雪小雪が降るわいのウ、 雨炉も小窓もしめさっし。」 と寂しい侘しい唄の声――雪も、小児が爺婆に化けました。――風も次第に、ごうごうと樹ながら山を揺りました。 店屋さえもう戸が閉る。……旅籠屋も門を閉しました。 家・・・ 泉鏡花 「雪霊続記」
・・・ 初めて私の住居を尋ねて来る人は、たとえ真昼間でも、交番やら店屋などを聞き聞き何度もまごついて後にやっと尋ねあてるくらいなものである。 この蛾は、戸外がすっかり暗くなって後は座敷の電燈を狙いに来る。大きな烏瓜か夕顔の花とでも思うのか・・・ 寺田寅彦 「烏瓜の花と蛾」
・・・ 初めて私の住居を尋ねて来る人は、たとえ真昼間でも、交番やら店屋などを聞き聞き何度もまごついて後にやっと尋ねあてるくらいなものである。 この蛾は、戸外がすっかり暗くなって後は座敷の電燈をねらいに来る。大きなからすうりか夕顔の花とでも・・・ 寺田寅彦 「からすうりの花と蛾」
・・・なるほど兵隊のいそうなという事が町に並んでいる店屋の種類からも想像されるのであった。 駒沢村というのがやはりこの線路にある事も始めて知った。頭の中で離れ離れになってなんの連絡もなかったいろいろの場所がちょうど数珠の玉を糸に連ねるように、・・・ 寺田寅彦 「写生紀行」
・・・表通りの店屋などでも荷物を纏めて立退用意をしている。帰ってみると、近所でも家を引払ったのがあるという。上野方面の火事がこの辺まで焼けて来ようとは思われなかったが万一の場合の避難の心構えだけはした。さて避難しようとして考えてみると、どうしても・・・ 寺田寅彦 「震災日記より」
・・・ ある店屋の主人は、銀座の十一屋にでも行ったらあるかも居〔知〕れないと云って注意してくれた。散歩のついでに行って見ると、なるほどあるにはあった。米国製でなかなか丈夫に出来ていて、ちょっとくらい投り出しても壊れそうもない、またどんな強い風・・・ 寺田寅彦 「石油ランプ」
・・・町の店屋へ買い物に行くと、お前さんの故国でもワイナハトを祝うかなぞときくのがだいぶありました。 降誕祭の初めの日には、主婦さんが、タンネンバウムを飾るから手伝ってくれぬかと言うので、お手伝いしました。たいそう古くなったお菓子を黄色いリボ・・・ 寺田寅彦 「先生への通信」
・・・たとえばおもちゃのモートルを店屋でちょっとやってみる時はよく回るが買って来て五分もやればブラシの所がやけてもういけなくなる。 蓄音機の中の歯車でもじきにいけなくなるのがある。これは歯車の面の曲率などがいいかげんなためだか、材料が悪いため・・・ 寺田寅彦 「断水の日」
・・・人によると近所の店屋で得られると同じ罐詰などを、わざわざここまで買いに来るということである。買い物という行為を単に物質的にのみ解釈して、こういう人を一概に愚弄する人があるが、自分はそれは少し無理だと思っている。 ベルリンのカウフハウスで・・・ 寺田寅彦 「丸善と三越」
・・・ 早くから里子にやられて、町方の勘定高い店屋に育ったお金が、あまり金臭いので栄蔵は今更ながらびっくりした。 一体、人なみより金銭の事にうとい栄蔵の目には、お金の実力より以上に金銭に対して発動する力の大きさ猛烈さがうつった。 ・・・ 宮本百合子 「栄蔵の死」
出典:青空文庫