・・・白鬚の渡場への下り口にさしかかると、四辺の光景は強烈に廃頽的になった。石ころ道の片側にはぎっしり曖昧な食物店などが引歪んだ屋体を並べている。前は河につづく一面の沼だ。黒い不潔極まる水面から黒い四角な箱みたいな工場が浮島のように見える。枯木が・・・ 宮本百合子 「九月の或る日」
・・・横光氏が近代人の資質としている自意識というものが常に人間をその内外に引さく作用をするとすれば、ロマンチシズムが世界の帝国主義時代の廃頽の中にあって益々その危険をつよめている。欲するがままに行為せんとする力はもたず、ロマンチストと我から称する・・・ 宮本百合子 「今日の文学の展望」
・・・それらを包蔵する社会の全面的、根本的前進があってはじめて可能であり、やがて同じ浮浪児でもその発生の社会的原因が崩壊と貧困化と廃頽のみであったものからより強く社会の発展的要素の反面を反映するものとなってゆくところに、非常な面白さがあるのである・・・ 宮本百合子 「作品のテーマと人生のテーマ」
・・・は当時の蒼白い、廃頽的な、幻をくって溜息をついているようなロシアのブルジョア文壇に嵐の前ぶれの太い稲妻の光をうち込んだ。バリモント、メレジェコフスキー、ソログープ、チェホフもトルストイも、ロシアにどのような力ですでに労働階級が発育しつつある・・・ 宮本百合子 「マクシム・ゴーリキイの人及び芸術」
・・・生活に眼を開いている青年ならば、つまらない都会性やモダン性が、日本の経済の実情でどんな根のない廃頽に咲いているかを感じるのは当然と思う。それよりは、家庭にしっかり足をおいてゆける婦人をと望むのは自然であり健全でもある。 しかしながら、そ・・・ 宮本百合子 「若い世代の実際性」
・・・ 今度のことを、廃頽しかけた日本の文化に天が与えた痛棒であると云う風に説明する老人等の言葉は、そのまま私共に肯われない或るものを持っている。けれども、自然の打撃から痛められながらも、必ずその裡から人間生活に大切な何ものかを見出し、撓ず絶・・・ 宮本百合子 「私の覚え書」
出典:青空文庫