・・・ もう一つの場合は、人から何か自分に不利益な誤解を受けて、それに対する弁明をしなければならない時に、その弁明が無効である事がだんだんにわかって来るとする、そういう困難な場合に不意に例の笑いが呼び出される。これは最もぐあいの悪い場合である・・・ 寺田寅彦 「笑い」
・・・が故に、己れの宗旨に同じからざる者を見れば、千百の吟味詮索は差置き、一概にこれを外教人と称して、何となく嫌悪の情を含み、これがために双方の交情を妨ぐること多きは、誠に残念なる次第にして、我輩は常にその弁明に怠らず。日本国民既に耶蘇教に入りた・・・ 福沢諭吉 「日本男子論」
・・・「いや、別に、どういう箇所がいけないという具体的なものでもないんでしょうが……ともかく、もうすでに、ある方は手紙をよこされて、御自分の立場を弁明してこられています。――そういう方にたいしては、こちらでも、至急考慮いたしますが――……」・・・ 宮本百合子 「ある回想から」
・・・ 幾百年の過去から、恐ろしい伝統、宿命を脱し切れずにいる、所謂為政者等は、彼等の人間的真情の枯渇に、何かの弁明を見出すかもしれない。けれども、私共、平の人間、真心を以て人間の生活、真の人生と云うものを掴握しようとする者が、互に生きている・・・ 宮本百合子 「アワァビット」
・・・一人の見栄坊な婦人がどうこうということで解決のつくことではないことは、複雑な今日の片よった景気の派生物である事件の弁明に際して、その夫人の虚栄心云々が余り強調せられる結果、却って当然の推理となって一般人の常識に反映しているのである。 就・・・ 宮本百合子 「暮の街」
・・・の前半を、どのように書くことができているか、ということについての弁明ではない。「道標」前半におけるモスクワと伸子との相互関係は、伸子がまだそこにある社会生活を総括して政治的なその根元からつかめず、次々に接触する事物からの感銘や批判を摂取して・・・ 宮本百合子 「心に疼く欲求がある」
・・・ジダーノフは二つの雑誌の編輯者が、苦しまぎれにした弁明を、いちおうまともに受けてやっているのだとしか思われない。なぜならこのごろ、日本のような稚い民主社会の編輯者たちでさえ、まさか社長や主筆の「友誼的」推薦原稿をそのままのせたりはしなくなっ・・・ 宮本百合子 「政治と作家の現実」
・・・ツルゲーネフは、様々に弁明したが、新しい合理的な社会組織を探求する献身的な六〇年代の青年男女の理想と実践とを、一面的な観念的な解釈によって歪め、妙に不自然なものとしてバザーロフの中に鋳かためてしまったのは今日みても否定し難い事実である。ツル・・・ 宮本百合子 「ツルゲーネフの生きかた」
・・・そいつが死刑になる前に、爆裂弾をなんに投げ附けても好いという弁明をしたのだ。社会は無政府主義者を一纏めに迫害しているから、こっちも社会を一纏めに敵にする。無辜の犠牲とはなんだ、社会に生きているものに、誰一人労働者の膏血を絞って、旨い物を食っ・・・ 森鴎外 「食堂」
・・・ 佐藤春夫氏は極力作者に代って弁解されたが、あの氏の弁明は要するに弁明であって、自然はそんなことを赦すはずがないと思う。次ぎの『顔世』はあのような失敗の作である。もし佐藤氏の弁明が弁明でないなら、自作の顔世があのようなおどけた失敗はする・・・ 横光利一 「作家の生活」
出典:青空文庫