・・・ 監督が丁寧に一礼して部屋を引き下がると、一種の気まずさをもって父と彼とは向かい合った。興奮のために父の頬は老年に似ず薄紅くなって、長旅の疲れらしいものは何処にも見えなかった。しかしそれだといって少しも快活ではなかった。自分の後継者であ・・・ 有島武郎 「親子」
・・・お前さんの積りでは、あんなにしている間に、わたしの方でいつか引き下がるだろうと思ったのでしょう。そしてあんな風にしていたのでしょう。そして今になっては後悔しているのでしょう。ところで御覧の通りわたしは引き下がらずにいるわ。わたしだって亭主を・・・ 著:ストリンドベリアウグスト 訳:森鴎外 「一人舞台」
・・・私はすっかり弱ってしまって、丁度悪戯をしてつかまった子供のような意気地のない心持になって、主人の云うがままになって引き下がる外はなかったのである。 帰る途中で何だか少し落着かない妙な気がした。軽い負債でも背負わされたような気がしてあまり・・・ 寺田寅彦 「ある日の経験」
・・・初めにはいきなり酷く叱られて慄え上がるが、教えを受けて引下がるときは皆嬉々として引下がったという話である。卒業後の就職などについても労を惜しまず面倒を見た。また、すべての人の長所を認識して適材を適処に導く事を誤まらなかった。晩年大学蹴球部の・・・ 寺田寅彦 「工学博士末広恭二君」
出典:青空文庫