・・・ と軽くいって、気をかえて身を起した、女房は張板をそっと撫で、「慾張ったから乾き切らない。」「何、姉さんが泣くからだ、」 と唐突にいわれたので、急に胸がせまったらしい。「ああ、」 と片袖を目にあてたが、はッとした風で・・・ 泉鏡花 「海異記」
・・・その夜東京の宿屋で寝たら敷蒲団が妙に硬くて、まるで張り板の上にでも寝かされるような気がした。便所へ行くとそれが甚だしく不潔で顔中の神経を刺戟された。翌朝久し振りで足駄を買って履いてみると、これがまた妙にぎごちないものであった。そして春田のよ・・・ 寺田寅彦 「電車と風呂」
・・・二十余年の昔、小石川の仮り住まいの狭い庭へたらいを二つ出してその間に張り板の橋をかけ、その上に横臥して風の出るのを待った夜もあった。あまり暑いので耳たぶへ水をつけたり、ぬれ手ぬぐいで臑や、ふくらはぎや、足のうらを冷却したりする安直な納涼法の・・・ 寺田寅彦 「涼味数題」
・・・ 湯殿の口には小さい妹の行水盥に水を一杯張ったのが、縦横に張り板をのせて据えて居る。 家中の、凡そ口と云う口には皆、異様な番人が長くなったり尖ったりして置いてあったのである。 私はこれなら大丈夫だと思った。 とにかく、今夜だ・・・ 宮本百合子 「盗難」
出典:青空文庫