・・・ 余輩常に思うに、今の諸華族が様々の仕組を設けて様々のことに財を費し、様々の憂を憂て様々の奇策妙計を運らさんよりも、むしろその財の未だ空しく消散せざるに当て、早く銘々の旧藩地に学校を立てなば、数年の後は間接の功を奏して、華族の私のために・・・ 福沢諭吉 「旧藩情」
・・・火葬にも種類があるが、煉瓦の煙突の立っておる此頃の火葬場という者は棺を入れる所に仕切りがあって其仕切りの中へ一つ宛棺を入れて夜になると皆を一緒に蒸焼きにしてしまうのじゃそうな。そんな処へ棺を入れられるのも厭やだが、殊に蒸し焼きにせられると思・・・ 正岡子規 「死後」
・・・各農家別にすると、一頭持 四・六二頭持 六・〇三頭持 七・五 ところが今年は当地方平均一頭宛の標準は五・六六六ツェントネルで、各農戸に対する一頭の標準は、一匹 五人家族 三・〇二匹 ・・・ 宮本百合子 「新しきシベリアを横切る」
・・・ こう言いながら長十郎は忠利の足をそっと持ち上げて、自分の額に押し当てて戴いた。目には涙が一ぱい浮かんでいた。「それはいかんぞよ」こう言って忠利は今まで長十郎と顔を見合わせていたのに、半分寝返りをするように脇を向いた。「どうぞそ・・・ 森鴎外 「阿部一族」
・・・そこで妙だと存じますのは、男の方が何かをお当てになると云うことは、御自分のお身の上に関係した事に限るようだからでございますの。男。はてな。それではそのお話がわたくしの身の上に関係した事なのですか。貴夫人 大いに関係していますの。・・・ 著:モルナールフェレンツ 訳:森鴎外 「辻馬車」
・・・彼は高価な寝台の彫刻に腹を当てて、打ちひしがれた獅子のように腹這いながら、奇怪な哄笑を洩すのだ。「余はナポレオン・ボナパルトだ。余は何者をも恐れぬぞ、余はナポレオン・ボナパルトだ」 こうしてボナパルトの知られざる夜はいつも長く明けて・・・ 横光利一 「ナポレオンと田虫」
出典:青空文庫