・・・そして何とも形容のしようのない妙な笑いを目元に浮かべて僕に抱きついた。そして目のうちには涙を浮かべていた。 * * * * この日は猟師が言ったほどの大猟では・・・ 国木田独歩 「鹿狩り」
・・・彼等は、×××を形容するのに、犬という動物の名前を使いだした。 彼等は、自分の生存を妨害する犬どもを、撃滅してしまわずにはいられない欲求に迫られてきた。………… ウォルコフは、憎悪に満ちた眼で窓から、丘に現れた兵士を見ていた。 ・・・ 黒島伝治 「パルチザン・ウォルコフ」
・・・廿世紀の写実とは、あるいは概念の肉化にあるのかも知れませんし、一概に、甘い大げさな形容詞を排斥するのも当るまいと思います。人は世俗の借金で自殺することもあれば、また概念の無形の恐怖から自殺することだってあるのです。決闘の次第は次回で述べます・・・ 太宰治 「女の決闘」
・・・私は先日の手紙に於いて、自分の事を四十ちかい、四十ちかいと何度も言って、もはや初老のやや落ち附いた生活人のように形容していた筈でありましたが、はっきり申し上げると三十八歳、けれども私は初老どころか、昨今やっと文学のにおいを嗅ぎはじめた少年に・・・ 太宰治 「風の便り」
・・・という言葉で形容した。取っ手の一回転が「ビーン」で、それが三回繰り返された後に「ヤ」のところで糸が巻き取られるのである。「ビーン」の部で鉄針とそれにつながる糸とが急速な振動をしているために一種の楽音が発生するが、巻き取るときはそうした振動が・・・ 寺田寅彦 「糸車」
・・・この地鳴りの音は考え方によってはやはりジャーンとも形容されうる種類の雑音であるし、またその地盤の性質、地表の形状や被覆物の種類によってはいっそうジャーンと聞こえやすくなるであろうと思われうるたちのものである。そして明らかに一方から一方へ「過・・・ 寺田寅彦 「怪異考」
・・・さればいよいよ湯上りの両肌脱ぎ、家が潰れようが地面が裂けようが、われ関せず焉という有様、身も魂も打込んで鏡に向う姿に至っては、先生は全くこれこそ、日本の女の最も女らしい形容を示す時であると思うのである。幾世紀の洗練を経たる Alexandr・・・ 永井荷風 「妾宅」
・・・唖々子は既に形容枯槁して一カ月前に見た時とは別人のようになっていたが、しかし談話はなお平生と変りがなかったので、夏の夕陽の枕元にさし込んで来る頃まで倶に旧事を談じ合った。内子はわれわれの談話の奇怪に渉るのを知ってか後堂にかくれて姿を見せない・・・ 永井荷風 「梅雨晴」
・・・先生の髪も髯も英語で云うとオーバーンとか形容すべき、ごく薄い麻のような色をしている上に、普通の西洋人の通り非常に細くって柔かいから、少しの白髪が生えてもまるで目立たないのだろう。それにしても血色が元の通りである。十八年を日本で住み古した人と・・・ 夏目漱石 「ケーベル先生」
・・・それについては少し学究めきますが、日本とか現代とかいう特別な形容詞に束縛されない一般の開化から出立してその性質を調べる必要があると考えます。御互いに開化と云う言葉を使っておって、日に何遍も繰返しているけれども、はたして開化とはどんなものだと・・・ 夏目漱石 「現代日本の開化」
出典:青空文庫