天心に湧く雲程、不思議なものはない。 自分は、雲を見るのが、大好きだ。そして、それは、独り私ばかりでなく、誰でも感ずることであろうが、いまだ曾て、雲の形態について、何人も、これをあらかじめ知り得るものがないということだ。 時に・・・ 小川未明 「常に自然は語る」
・・・ 人生の進路も、生活の形態も、一元的に決定することはできないであろう。故に、一つの主義が勃興すれば、それと対蹠的な主義が生起する。かくして、その相剋の間に真理は見出されるのを常とします。しかし、真の殉教者は、そのいずれに於ても、狂信的な・・・ 小川未明 「文化線の低下」
・・・一般に科学というものを知らなかった上古の人間も学としての形態の充分ととのっていない支那や日本の諸子百家の教えも、また文字なき田夫野人の世渡りの法にも倫理的関心と探究と実践とはある。しかし現代に生を享けて、しかも学徒としての境遇におかれたイン・・・ 倉田百三 「学生と教養」
・・・ここに言う『めし』とは、生活形態の抽象でもなければ、生活意慾の概念でもない。直接に、あの茶碗一ぱいのめしのことを指して言っているのだ。あのめしを噛む、その瞬間の感じのことだ。動物的な、満足である。下品な話だ。……」 私は、未だ中学生であ・・・ 太宰治 「兄たち」
・・・ その夜、私は前の日に医者から貰って置いた鎮静剤を飲み、少し落ちついてから、いまの日本の政治や経済の事は考えず、もっぱら先刻のお役人の生活形態に就いてのみ思いをめぐらしていた。 あのいまのひとの、ヘラヘラ笑いは、しかし、所謂民衆を軽・・・ 太宰治 「家庭の幸福」
酒の追憶とは言っても、酒が追憶するという意味ではない。酒についての追憶、もしくは、酒についての追憶ならびに、その追憶を中心にしたもろもろの過去の私の生活形態についての追憶、とでもいったような意味なのであるが、それでは、題名・・・ 太宰治 「酒の追憶」
・・・ 人形そのものの形態は、すでにたびたび実物を展覧会などで見たりあるいは写真で見たりして一通りは知っていたのであるが、人形芝居の舞台装置のことについては全く何事も知らなかったので、まず何よりもその点が自分の好奇的な注意をひいた。まず鴨居か・・・ 寺田寅彦 「生ける人形」
虫の中でも人間に評判のよくないものの随一は蛆である。「蛆虫めら」というのは最高度の軽侮を意味するエピセットである。これはかれらが腐肉や糞堆をその定住の楽土としているからであろう。形態的には蜂の子やまた蚕とも、それほどひどくちがって特別・・・ 寺田寅彦 「蛆の効用」
・・・ 映画と連句とが個々の二つの断片の連結のモンタージュにおいてほとんど全く同一であるにかかわらず、全体としての形態において著しい相違のあるのは、いわゆる筋が通っているのと通っていないのとの区別である。多くの映画は一通りは論理的につながった・・・ 寺田寅彦 「映画芸術」
・・・このようにカメラの距離の調節によって尺度の調節ができるのみならず、また、カメラの角度によって異常なパースペクティーヴを表現し、それによって平凡な世界を不思議な形態にゆがめることもできるのは周知の事実である。 しかしこういう程度の尺度やパ・・・ 寺田寅彦 「映画の世界像」
出典:青空文庫