・・・お前がこっちにいた時知っているだろう、「役所バカ」と云って、五十恰好の女が何時でも決まった時間に、市役所とか、税務署とか、裁判所とか、銀行とか、そんな建物だけを廻って歩いて、「わが夫様は米穀何百俵を詐欺横領しましたという――」きまった始まり・・・ 小林多喜二 「母たち」
・・・ 政府は東京や、その他の被害地を再興するために復興院という役所を設けました。東京市のごときは、まず根本に、火事のさいに多くの人がひなんし得る、大公園や、広場や大きな交通路、その他いろいろの地割をきめた上、こみ入ったところには耐火的のたて・・・ 鈴木三重吉 「大震火災記」
・・・なんでもあの人があの役所に勤めているもんだから、芝居へ買われる時に、あの人に贔屓をして貰おうと思うのらしいわ。事によったらお前さんなんぞも留守に来て、ちょっかいを出したかも知れないわ。お前さんだってそう底抜けに信用するわけにはいかないわ。兎・・・ 著:ストリンドベリアウグスト 訳:森鴎外 「一人舞台」
・・・その竹内トキさんは、それまでずっともう永いことお役所に勤めていたのだそうだから、「増産が来た」というのが、何かお役所の特別な意味でも有る言葉で、それが口癖になっていたのではなかろうか、とも思われたが、しかし、その無筆の親の解釈にしたがって、・・・ 太宰治 「親という二字」
・・・無恥の、謂わば世馴れた心から、けろりと忘れた振りして、平気で嘘を言い、それを取調べる検事も亦、そこのところを見抜いていながら、その追究を大人気ないものとして放棄し、とにかく話の筋が通って居れば、それで役所の書類作成に支障は無し、自分の勤めも・・・ 太宰治 「女の決闘」
・・・もし群集の目前であの人を捕えたならば、あるいは群集が暴動を起すかも知れないから、あの人と弟子たちとだけの居るところを見つけて役所に知らせてくれた者には銀三十を与えるということをも、耳にしました。もはや猶予の時ではない。あの人は、どうせ死ぬの・・・ 太宰治 「駈込み訴え」
・・・、雨の日には泥濘の深い田畝道に古い長靴を引きずっていくし、風の吹く朝には帽子を阿弥陀にかぶって塵埃を避けるようにして通るし、沿道の家々の人は、遠くからその姿を見知って、もうあの人が通ったから、あなたお役所が遅くなりますなどと春眠いぎたなき主・・・ 田山花袋 「少女病」
・・・ある都の大学を尋ねて行ったらそこが何かの役所になっていたり、名高い料理屋を捜しあてると貸し家札が張ってあったりした事もある。杜撰な案内記ででもあればそういう失敗はなおさらの事である。しかし、こういう意味で完全な案内記を求めるのは元来無理な事・・・ 寺田寅彦 「案内者」
・・・ 四、五日前役所で忘年会の廻状がまわった。会費は年末賞与の三プロセント、但し賞与なかりし者は金弐円也とあった。自分は試験の準備でだいぶ役所も休んだために、賞与は受けなかったが、廻状の但し書が妙に可笑しかったからつい出掛ける気になって出席・・・ 寺田寅彦 「枯菊の影」
・・・ 三 御馳走を喰うと風邪を引く話 昔、自分の勤めていた役所にMという故参の助手がいた。かなりの皮肉屋であったが、ときどき面白い観察の眼を人間一般の弱点の上に向けて一風変ったリマークをすることがあった。その男の変った・・・ 寺田寅彦 「変った話」
出典:青空文庫