・・・ 夜雨戸を閉めるのはいずれ女中の役目だろう故、まえもってその旨女中にいいつけて置けば済むというものの、しかしもう晩秋だというのに、雨戸をあけて寝るなぞ想えば変な工合である。宿の方でも不要心だと思うにちがいない。それを押して、病気だからと・・・ 織田作之助 「秋深き」
・・・炊事、縫物、借金取の断り、その他写本を得意先に届ける役目もした。若い見習弟子がひとりいたけれど、薄ぼんやりで役にもたたず、邪魔になるというより、むしろ哀れだった。 お君が上本町九丁目の軽部の下宿先へ写本を届けに行くと、二十八の軽部は・・・ 織田作之助 「雨」
・・・――みんな欲で欲には限りがない――役目となれば五円が十円でも、雨の日雪の日にも休むわけにはいかない、やっぱり腰弁当で鼻水をたらして、若い者の中にまじってよぼよぼと通わなければならぬ。オヽいやな事だ! というのである。だから役をひいた時、・・・ 国木田独歩 「二老人」
・・・それは戦ったり、創造したりする役目のためなのだ。しかしよくしたもので、男性は女性を圧迫するように見えても、だんだんと女性を尊敬するようになり、そのいうことをきくようになり、結局は女性に内側から征服されていく。社会の進歩というものは、ある意味・・・ 倉田百三 「女性の諸問題」
・・・しかし一度発覚され、知れ渡った限りは、役目として、それを取調べなければならなかった。犯人をせんさくし出さなければ、役目がつとまらなかった。役目がつとまらないということは、自分の進級に関係し、頸に関係する重大なこと柄だった。 兵卒は、初年・・・ 黒島伝治 「穴」
・・・が、この場合、与助をたゝき出すのが、主人に重く使われている自分の役目だと思った。そして、与助の願いに取り合わなかった。 与助は、生児を抱いて寝ている嚊のことを思った。やっと歩きだした二人目の子供が、まだよく草履をはかないので裸足で冷えな・・・ 黒島伝治 「砂糖泥棒」
・・・たろうかといいますと、便宜上その答案を三つに分けて申しますが、馬琴の小説中の人物は大別すれば三種類あるのでして、第一には前に申しました一篇の主人公や副主人公やその他にせよ、とにかくに篇中の柱たり棟たる役目を背負って居る「善良の人物」でありま・・・ 幸田露伴 「馬琴の小説とその当時の実社会」
・・・それから一寸間を置いて何気ない風に笑い乍ら、「――そうすればお前の役目も大きくなるワケだ……。」 と云った。 お君は涙が一杯に溢れてくるのを感じながら、ジッとこらえてうなずいて見せた。――赤ん坊は何にも知らずに、くたびれた手足を・・・ 小林多喜二 「父帰る」
・・・餌を拾う雄鶏の役目と、羽翅をひろげて雛を隠す母鶏の役目とを兼ねなければならなかったような私であったから。 どうかすると、末子のすすり泣く声が階下から伝わって来る。それを聞きつけるたびに、私はしかけた仕事を捨てて、梯子段を駆け降りるように・・・ 島崎藤村 「嵐」
・・・けれども、私の役目は、まだすまぬ。 私は五反田駅前の公衆電話で、瀬川さんの御都合を伺った。先生は、昨年の春、同じ学部の若い教授と意見の衝突があって、忍ぶべからざる侮辱を受けたとかの理由を以て大学の講壇から去り、いまは牛込の御自宅で、それ・・・ 太宰治 「佳日」
出典:青空文庫