・・・ 新助は仲仕を働き、丹造もまた物心つくといきなり父の挽く荷車の後押しをさせられたが、新助はある時何思ったか、丹造に、祖先の満右衛門のことを語ってきかせた。 兄姉の誰もがまだ知らなかったこの話を、とくにえらんで末子の自分に語ってくれた・・・ 織田作之助 「勧善懲悪」
・・・さりとて継母の提議に従って、山から材木を出すトロッコの後押しに出て、三十銭ずつの日手間を取る決心になったとして、それでいっさいが解決されるものとも、彼には考えられなかった。 初夏からかけて、よく家の中へ蜥蜴やら異様な毛虫やらがはいってき・・・ 葛西善蔵 「贋物」
・・・立ったら頭の閊える箱の中に数人の客をのせたのを二、三人の人間が後押しして曲折の多い山坂を登る。登るときは牛のようにのろい代りに、下り坂は奔馬のごとくスキーのごとく早いので、二度に一度は船暈のような脳貧血症状を起こしたものである。やっと熱海の・・・ 寺田寅彦 「箱根熱海バス紀行」
・・・ 浅間敷くサタン奴に魅入られた欲心に後押しされて他人のものをことわりなしに我家に持ちかえった事をとがめられて、厳な司法官の宣告書にふるえの止まらぬ体をそのままただ一坪の四方は皆叩いても音の出ぬ石のただ一つ小窓の開いた牢獄につながれた時の・・・ 宮本百合子 「胚胎(二幕四場)」
出典:青空文庫