・・・が、その感じから暗澹たる色彩を奪ったのは、ほとんど美しいとでも形容したい、光滑々たる先生の禿げ頭で、これまた後頭部のあたりに、種々たる胡麻塩の髪の毛が、わずかに残喘を保っていたが、大部分は博物の教科書に画が出ている駝鳥の卵なるものと相違はな・・・ 芥川竜之介 「毛利先生」
・・・顔はあたり前ですが、後頭部に――その部分がお化けなのです。貪婪な口を持っています。そして解した髪の毛の先が触手の恰好に化けて、置いてある鉢から菓子をつかみ、その口へ持ってゆこうとしているのです。が、女はそれを知っているのか知らないのか、あた・・・ 梶井基次郎 「橡の花」
・・・がりがり後頭部を掻きながら、なんたることだ、日頃の重苦しさを、一挙に雲散霧消させたくて、何か悪事を、死ぬほど強烈なロマンチシズムを、と喘えぎつつ、あこがれ求めて旅に出た。山を見に来たのでは、あるまい。ばかばかしい。とんだロマンスだ。 が・・・ 太宰治 「八十八夜」
・・・ 自分も小学生時代に学校の玄関のたたきの上で相撲をとって床の上に仰向けに倒され、後頭部をひどく打ったことがある。それから急いで池の岸へ駆けて行って、頭へじゃぶじゃぶ水をかけたまでは覚えていたが、それからあとしばらくの間の記憶が全然空白に・・・ 寺田寅彦 「鎖骨」
・・・第一鼻が思っていたよりもずっと高くいかにも憎々しいように突き出ていて、額がそげて顋がこけて、おまけに後頭部が飛び出していてなんとも言われない妙な顔であった、どこかロベスピールに似ているような気がした。とにかく正面の自分と横顔の自分を結びつけ・・・ 寺田寅彦 「自画像」
・・・自分なども一度学校の玄関の土間のたたきに投げ倒されて後頭部を打って危うく脳震盪を起こしかけたことがあった。三 高等小学校時代の同窓に「緋縅」というあだ名をもった偉大な体躯の怪童がいた。今なら「甲状腺」などという異名がつけられ・・・ 寺田寅彦 「相撲」
・・・気をつけて前に並んでいる肩の間から眺めると、後頭部に白髪がのこっている一つの禿げた頭がポーッと赫らんで、しずかに坐席の中へ沈みこんだ。リャザーノフは第三列目に来ていたのだ。 ベズィメンスキーは、なお二三度、体をかがめて、舞台の上へ誘った・・・ 宮本百合子 「ソヴェトの芝居」
・・・ それに続いて、私も何だか後頭部が重くて堪えられないと云うものが沢山出て来て、夜頃には家中の者が渋い顔をして、「どうもこれはただじゃあない。と云い合った。 そこで一番気分の悪い母が医者へ電話をかけて泥棒の事をすっかり・・・ 宮本百合子 「盗難」
・・・ ほほけ立った幸雄の黒い後頭部を見ていた石川は、うっかりしていたが不意に不安に襲われた。石川は腐った桜餅を縁側に置いて立ち上った。「……どうなさいました?――」 幸雄はそろそろ顔を挙げてこちらを向いた。それを見て石川は心に衝撃を・・・ 宮本百合子 「牡丹」
出典:青空文庫