・・・もしK市の姉の孫――この姉のむすこはなくなっていた――が手紙のあて名を書いたのだとすると、それがどうしてこれほどまでよく、その子供の父の従弟のに似ているかが不思議であった。しかしA村の甥がK市の姉すなわち彼の伯母のために状袋のあて名を書いて・・・ 寺田寅彦 「球根」
・・・ ある明方、須利耶さまが鉄砲をもったご自分の従弟のかたとご一緒に、野原を歩いていられました。地面はごく麗わしい青い石で、空がぼうっと白く見え、雪もま近でございました。 須利耶さまがお従弟さまに仰っしゃるには、お前もさような慰みの殺生・・・ 宮沢賢治 「雁の童子」
・・・時々新聞でよい番犬の広告を見たり、犬好きの従弟の話をきいたりすると、それでも種々の空想が湧いた。一匹欲しいと思う。自分が飼ったら、注意深く放任して、決していやにこまちゃくれた芸は仕込むまいと云う私の持論を喋ることもあった。人間が人間らしくな・・・ 宮本百合子 「犬のはじまり」
・・・ 今年四つになる男の児がいて、その児は河北の夜に倒れたものの又従弟とでもいうつづきあいにあたっている。慰問袋を女が三人あつまって拵えているわきでその児が見物していたが、やがて、それなんなの、ときいた。「アア坊知ってるだろう、ヤーホーじち・・・ 宮本百合子 「くちなし」
・・・ そういう社会をお互に一日も早くつくりたいと、私もペンを武器とし仲間とともに働いているわけですが、K子の例でもわかるとおり、そういう自分が××株式会社の重役とかその弟とか、従弟とかというもの=柳瀬正夢の漫画の人物、所謂アミーになろうとは・・・ 宮本百合子 「ゴルフ・パンツははいていまい」
・・・とケイの声がし一緒に来た従弟達がどっとふきだした。「うまくかけられた。あやしいぞ、と思って小さくなっていたのよ」 皆あがらず、本を持って行った。 夕食近く、エーの末弟が来る。彼のスウェーターはまだ出来上らない。〔一九二四年一・・・ 宮本百合子 「静かな日曜」
なほ子は、従弟の部屋の手摺から、熱心に下の往来の大神楽を見物していた。その大神楽は、朝早くから温泉町を流しているのだが、坂の左右に並んだ温泉町は小さいから、三味線、鉦などの音が町の入口から聞えた。 今、彼等は坂のつき当・・・ 宮本百合子 「白い蚊帳」
・・・四つばかり年下の従妹はまだ結婚前で、従弟たちと心も軽く身も軽く、小松の茂った砂丘の亭で笑いたわむれている。そのなかに打ち交わりながら、自分の苦悩がこの若い人たちとは無縁であること、そして、自分の苦しみは見っともなくて重苦しいことを何と切なく・・・ 宮本百合子 「青春」
・・・ 十一月二十日すぎに、英国から従弟の一人が帰朝した。祖母とは特別深い繋りがあった人なので、寒くもなるしそれをよい知らせに迎いが立った。従弟の歓迎の意味で近親の者が集って晩餐を食べた時、私は帰ってから始めて祖母に会った。子供のように、赤い・・・ 宮本百合子 「祖母のために」
・・・ヴィンダー 俺は、当分何も手につかない戦々兢々、なかなか効果は偉大な、絶望、その従弟のもっと可愛い自暴自棄を置土産にする。カラ それなら私は――執念深い思い出。忘れようとして忘られず、思い起して死んだ者、先った物の為に流す涙、溜息は・・・ 宮本百合子 「対話」
出典:青空文庫