・・・華族様の御台様を世話でお暮し遊ばすという御身分で、考えてみりゃお名もまや様で、夫人というのが奥様のことだといってみれば、何のことはない、大倭文庫の、御台様さね。つまり苦労のない摩耶夫人様だから、大方洒落に、ちょいと雪山のという処をやって、御・・・ 泉鏡花 「清心庵」
・・・…… われら町人の爺媼の風説であろうが、矯曇弥の呪詛の押絵は、城中の奥のうち、御台、正室ではなく、かえって当時の、側室、愛妾の手に成ったのだと言うのである。しかも、その側室は、絵をよくして、押絵の面描は皆その彩筆に成ったのだと聞くのも意・・・ 泉鏡花 「夫人利生記」
・・・ 欣弥さんはお奉行様じゃ、むむ、奥方にあらず、御台所と申そうかな。撫子 お支度が。(――いい由村越 さあ、小父さん、とにかくあちらで。何からお話を申して可いか……なにしろまあ、那室へ。七左 いずれ、そりゃ、はッはッはッ、・・・ 泉鏡花 「錦染滝白糸」
・・・三日、癸卯、晴、鶴岳宮の御神楽例の如し、将軍家御疱瘡に依りて御出無し、前大膳大夫広元朝臣御使として神拝す、又御台所御参宮。十日、庚戌、将軍家御疱瘡、頗る心神を悩ましめ給ふ、之に依つて近国の御家人等群参す。廿九日、己巳、雨降る、将軍家御平癒の・・・ 太宰治 「鉄面皮」
・・・そんな事は一々聞かないでもいいから好加減にしてくれと云うと、どう致しまして、奥様の入らっしゃらない御家で、御台所を預かっております以上は一銭一厘でも間違いがあってはなりません、てって頑として主人の云う事を聞かないんだからね」「それじゃあ・・・ 夏目漱石 「琴のそら音」
・・・妻子珍宝及王位、臨命終時不随者というので御釈迦様はすました者だけれど、なかなかそうは覚悟しても居ないから凡夫の御台様や御姫様はさぞ泣きどおしで居られるであろう。可哀想に、華族様だけは長いきさせてあげても善いのだが、死に神は賄賂も何も取らない・・・ 正岡子規 「墓」
・・・ そして、ひろく、はてしもなくある内海の青い色と御台場の草のみどりと白い山のような雲と、そうした気持の好いものばかりを一生県命に見つめて居る。私の目の力がいつにもまして強くなったように、向ーに、ちょっピリとうかんで居る白帆から御台場の端・・・ 宮本百合子 「つぼみ」
出典:青空文庫